柱(はしら)のきずは おととしの
五月五日の 背くらべ
粽(ちまき)たべたべ 兄さんが
計(はか)ってくれた 背のたけ
きのうくらべりゃ 何(なん)のこと
やっと羽織(はおり)の 紐(ひも)のたけ柱に凭(もた)れりゃ すぐ見える
遠いお山も 背くらべ
雲の上まで 顔だして
てんでに背伸(せのび) していても
雪の帽子(ぼうし)を ぬいでさえ
一はやっぱり 富士の山
「たけくらべ」という童謡は子供の頃よくうたうことがありました。
で、いつも、粽を食べながら計って柱に傷をつけたのが、なぜ
一昨年だったのかが疑問でした。
ただ、それには触れてはイケない匂いを感じていました。
先日、サトーハチローさんの「たのしい雛祭り」についての
疑問を述べたので、この疑問も調べました。
私はこの他に「赤い靴」や「五木の子守唄」などについても
いくつかの疑問があります。
今後、ここで取り上げるかもしれません。
この歌の作詞家は海野厚という方で、明治39年(1896年)、
静岡県に生まれ、旧制静岡中学から早稲田大学に学んでおります。
この詩をつくったのは、海野が早稲田の学生だった時です。
海野は、毎年夏休みや冬休みに帰郷すると、弟たちを柱のそばに立たせて背丈を測ったそうで、
この歌の中の「ちまき食べ食べはかってくれた兄さん」は海野本人なのだそうです。
この歌をつくった年は体調が悪くて帰省できなかったため、去年ではなくおととし、つまり来年の
事を考えながら作った詩なのだそうで、私の疑問は解決したわけです。
最後に、そしてこの『背くらべ』を作った次の年、大正14年(1925年)に、
海野は肺結核のため、28才でこの世を去ってしまい、
柱のきずが増えることはなかったのだそうです。
