記念日としての2月14日
本日はバレンタインデーということで、例年のごとく大騒ぎだし、日曜だし、おまけに、オリンピックも始まってしまった。
私は休みの日には母の施設にいくようにしている。
手足の麻痺が大きくなってきている母は顔を丁寧に洗い、タオルで拭くことが出来にくくなってきている。施設の職員数は私が見ても入居者に対して少なくなっているように思える。私は母の顔をタオルで拭いて頭をなでる。
私は半世紀以上前に母から同じように様にされた。しみじみと老いた母の顔を拭くとツヤが出てくる。何でも施設職員だけに任せずに、家族がいけたらスキンシップをとるとよいと思う。母は動きの悪くなってきている両手をいつも動かす訓練をしている。だんだん食事を自分の手でやることが難しくなってきているのを何とかしたいからだ。白髪の頭を手でなでてやる。最近、母は同じことを何度も言うようになってきている。60年近く前に私が赤子だったころされたことを、私は手にぬくもりを感じながら母にするのは悲しいことではあるが、それが出来る自分がありがたいと思う。
母と私には血縁関係がない。
私の実父は私が生まれてすぐに他界した。実父の兄夫婦に養子になった私である。昨日がその養父の命日であった。私は墓参をした。母は57年前の昨日が夫の他界した日であることを理解しているだろうか?
半世紀以上の時がてってもバレンタインデーは単に養父の命日の翌日でしかない。57年前の本日は葬儀であり、大雪だった。遺体はソリに乗せられて火葬場まで運ばれた。すべてが終わり家に帰って母は倒れた。軽い心筋梗塞だった。その57年も前の心筋梗塞の跡は今でも母が定期検査のエコーやCTなどで必ずでてくるのが不思議だ。実父と養父の亡くなった年齢を超えて私は生きているし、再婚した実母も4年ほど前に亡くなった。
