11月の末が近づいてくると賀状を用意しなければと思う。民営化になって郵便局の前には年賀状を売るコーナーを寒風の中運営している。ただ、これよりも前の11月上旬から年賀欠礼の報せがくる。毎年多くなってきているし、その分だけ、賀状の購入は少なくなってきている。儀礼的になったこの習慣は、いつまで続くのだろう。PCからプリンターで吐き出された毛筆体も、大部分となった。一文だけでも自筆があるものも少なくなってきた。一昨年までは不自由な身体でボールペンを握って母は賀状を一人一人に書いていた。昨年からは私が印刷して賀状を出すこととなった。来年は92歳となる。正月も自宅で迎えることは不可能と本人は言っている。まだまだ、頭は、それでも確かな部分もある。周に2回以上は母の所にでかける。自宅で介護していたときよりは話をするように思える。感情は揺らぐものだが私は以前よりは母を大事に思っている。私とは28年早く生まれている母だが、男の平均から考えれば、私は今後28年も生きれないだろう。

まあ、贅沢なことなのか知らないが、長く生きることではなく五体満足で思考能力があるだけの時間をこの星からいただければ十分だと思いますね。