ちょっと事情により約1週間、じっくりとした時間を強制的にとらざるを得なくなっています。そこで、古代史の中で興味のある物部氏について、現在まじめに読書しています。コンピュータ関連についてはとりあえず勉強はしないで、本を読み漁っています。
古 代史マニアにとりまして、物部氏や出雲などは興味の対象でして、古事記、日本書紀という天武、藤原系の歴史より前の歴史を推察できる先代旧事本紀という古 書に興味がありまして、5年ほど前から文献をあさっておりましたが、今回はじっくりと通読してみたいとおもっております。
歴史は一つなど というのは幻想でしかありません。勝ったもののストーリーであるのだとおもっています。それは、小さな会社の社史であっても、設立当初に活躍された現在で は主流派ではなくなって退職された人が取り扱われていない例はおおいのですし、文章として残されたもののはそのような傾向は強いとおもいます。それが、文 献主義の問題点だとおもっています。
昨今、田母神論文の中にすら私も同調できる点がありました。戦勝国の一方的極東軍事裁判などが裁判という名に 値するのか実際疑問でありますし、原爆投下などが、数十万の一般市民にたいする大量虐殺というべきものであるようにかんじていました。私達がそれを一方的に検証することなく教育と言う名のもとに歴史的事実などという単語ですりこまされているのではないかと思っています。櫻井よしこ氏の真相箱という本を読むことにより多くの戦後GHQによる洗脳を感じてしまいます。私が子供の頃、祭りがあると、傷痍軍人が軍歌を歌っておりました。軍歌には哀愁があり覚えやすいものでした。ですから、家で歌ったりすると、母や祖母は「進駐軍が来る」といって小さな声で歌わせようとしました。それでも、母や、祖母からは長い軍歌の暗誦を口伝で教えてもらいました。
今回の防衛省の問題にたいし、やたらにぶれる政治に対して国を守るものの個人的思想・信条侵害にあたると反論があると思います。現在の政権が果たして文民統制をシステムとしては出来るかもしれませんが、資質としての能力があるのか疑問を感じています。もしも、国防というものが政治家のようにぶれて、日替わりメッセージなら国はもちません。だから、毎日のニュースが「歴史認識」と言う名の下にあたかも言論弾圧が行われているようにすら感じられるのは私だけなのでしょうか。
9.11の貿易ビル テロの反撃として、異なった世界における対テロと民主化の名の下での侵略のようにもおもえてしまいます。第二次大戦後、日本民主化の成功事例を他のアジ ア、イスラム、旧共産圏諸国に単純に押し当てる方法は如何なものかとも考えておりました。日本のように、戦前、まがりなりにも大正デモクラシーという土台 があった国とそうでない国と同等に扱うのは大変な間違いを犯すこととなっているようにも思えます。
で、 つらつら述べていますが、古代史においてもそのような疑問が多いと思います。特に物部氏の本質は古事記日本書紀によって政策的に軽んじられるようにされた のではないかと思っております。兄弟の両天皇から愛された額田王などは物部氏の一族であり天智、天武の両天皇にとってやはり、額田王との関係は権威として も額田王のシャーマンとしての力としても必要だったという節もあります。前々からそんなことを考えたおりましたので、今回、再度、最初から先代旧事本紀関 連の文献を読み直しています。
