信号無視を1回、優先無視を1回。今日はとんでもない日だと思った。最近、胃の調子が悪い。目的意識も段々なくなってきている。これが老人ということなのだろうか。私にはこの県都に最低で3箇所の聖地がある。こんな日はそこを回ろうと思いました。
一つは○○○。25年前まで5年間、私が経営していた喫茶店。そこには私の過去があります。
それから、西県都中央病院にいきました。駐車場に立つと綺麗な声と口笛が聞こえました。「あぁ、あの人だ」と、直ぐにわかりました。私にはもう4年という時間が流れています。障害を持っている子供を車椅子に載せて、明るく小学唱歌を歌って、いつも一緒に散歩をして、子供を励ましている男性。多分私と同年代と思えます。病院の中を子供には楽しそうにして同伴する男性を見ると、手術後間もない私は勇気付けられたものです。完全に死を覚悟していたときどもありました。幸い私は、現在のように復帰することができました。私が退院してから4年もたって拝見したその、男性は、本当に年をとられたようでした。私は軽く会釈をして病院内にはいりました。男性は怪訝そうに、会釈を返してくれました。この私が再生した聖地に来ますと、目的にいたるややこしい論理や心情なども無関係に「生きよう」と思えます。
最後に墓参をしてきました。
過去、再生、そしてもっと遠い過去への報告をしました。
皆さんの聖地は何処ですか、研究室?、キャンパス?アメリカ西海岸?聖地に行くのにためらいはいりません。原点を見ることも迷ったときには大切なのかもしれませんね。皆さんが決めることの全てを尊重します。皆さんの全ては今後は特に自身しか決定できないのですから。
