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退院してから、1週間でやっと、ご飯を食べました。今まで御粥ばっかりでした。

書き忘れましたが、会社で倒れて救急車で病院に運ばれ、9日間、十二指腸潰瘍で緊急入院していました。私が潰瘍になるなんて、自他共に不思議なこととの認識でありました。救急車の中で救急隊員の方には本当にお世話になりました。新潟市の救急隊員の方には本当に感謝です。私は倒れたとはいえ、すぐに意識もとりもどし症状 の軽かったので、もっと、大変な方々の搬送が先となり、病院が決定するのに時間がかかりましたて、それを申し訳なさそうに説明された誠実な退院の方には感謝以外はありませんでした。病院は古く、近々、移転建て替えをするとのことでした。直ぐに胃カメラを飲まされて、その場で、処置(軽い手術)をされました。そのご、4日間は点滴のみの生活で、5日目から4日間は「おもゆ」でした。退院前日から御粥となりました。相変わらず、私の回復力は驚異的で、医師も、「もう退院ですか」とびっくりしていました。

退院後、よく日から働きましたが、2日間は午前中だけとしました。ただ、御粥になれたので、退院してから、毎食、御粥を凝って作るのが日課となりました。 御粥は本当にはまります。ただ、どうしても体力がつかないので、本日は意を決してハンバーグランチを食べました。

1960年代風のレストランで気に入った店で、ビートルズのカバーがよく流れています。デミグラスソースたっぷりのハンバーグでおいしいと思っています。

Webサーバーが停電のため、復旧に時間がかかりました。そのため、DBの起動にてまどり、ブログ閲覧が出来なかったことをお詫びいたします。

ここ数日、落雷が多発しておりまして、そのため、アクセスがうまくいかなかったことが多々ありました。この異変はまだ、数日は続くと思います。

安定運用には心がけていますが、付近一帯の停電には対応できません。

吉永小百合主演で映画化された「まぼろしの邪馬台国」が注目を浴びています。41年前に出版された同名の本を母が購入し、私も読みました。母は第一回吉川英治文化賞を受賞した作品だったので購入したとのことでした。邪馬台国といえば中国正史三国志の魏書東夷伝倭人条(魏志倭人伝)に出てくることを歴史で単に習って、その位置において北九州説と畿内説があるぐらいの認識でしかありませんでした。歴史でもなく小説でもないこの作品に魅かれて何度も読み返しました。歴史ロマンを最初に感じた作品でありました。その後、梅原猛氏の「隠された十字架」で当時は怨霊が実在していたという考え方が事実であることをしりました。
あれから40年、なぜ今映画化されたのかは、わかりません。私は邪馬台国の卑弥呼こそが天照大神だと考えております。また、邪馬台国がヤマタイというのではなく、台はトと読むのが正しいのではないかとも考えています。卑弥呼亡き後、邪馬台国の政情不安を治めた卑弥呼親族の13歳の女性である台与をトヨと読んでいることですし、倭の邪馬台(ワのヤマト)から倭を古代においてヤマトと呼ぶようになったのだと思います。ヤマトという発音は古代においては大和、日本、倭、大倭、夜麻登などと書かれています。邪馬台も私はヤマトと発音されていたのではないかと思っています。現代天文学の進歩により古代の天文的事実を計算することが出来るようになり、それによれば卑弥呼の没っした年と考えられる時に北九州を中心に皆既日食がありました。これが、天岩戸伝説とつながったのではないかともいわれています。
台与のトヨという呼び名は豊という名のと同音で古代史の女性に多く登場します。万幡豊秋津師比売、天豊姫命、豊鍬入姫命など台与と比定されている場合以外にも豊は物部氏系列の天皇家に嫁いだ女性には多い名前に使われています。
邪馬台はヤマトだと考えると多くの謎が解けてくるのではないかとおもっています。そして後2日間静養の身なので退屈まぎれに古事記、日本書紀、に隠された物部氏にスポットをあててあると考えられる先代旧事本紀についての勉強をしています。

ちょっと事情により約1週間、じっくりとした時間を強制的にとらざるを得なくなっています。そこで、古代史の中で興味のある物部氏について、現在まじめに読書しています。コンピュータ関連についてはとりあえず勉強はしないで、本を読み漁っています。
古 代史マニアにとりまして、物部氏や出雲などは興味の対象でして、古事記、日本書紀という天武、藤原系の歴史より前の歴史を推察できる先代旧事本紀という古 書に興味がありまして、5年ほど前から文献をあさっておりましたが、今回はじっくりと通読してみたいとおもっております。
歴史は一つなど というのは幻想でしかありません。勝ったもののストーリーであるのだとおもっています。それは、小さな会社の社史であっても、設立当初に活躍された現在で は主流派ではなくなって退職された人が取り扱われていない例はおおいのですし、文章として残されたもののはそのような傾向は強いとおもいます。それが、文 献主義の問題点だとおもっています。
昨今、田母神論文の中にすら私も同調できる点がありました。戦勝国の一方的極東軍事裁判などが裁判という名に 値するのか実際疑問でありますし、原爆投下などが、数十万の一般市民にたいする大量虐殺というべきものであるようにかんじていました。私達がそれを一方的に検証することなく教育と言う名のもとに歴史的事実などという単語ですりこまされているのではないかと思っています。櫻井よしこ氏の真相箱という本を読むことにより多くの戦後GHQによる洗脳を感じてしまいます。私が子供の頃、祭りがあると、傷痍軍人が軍歌を歌っておりました。軍歌には哀愁があり覚えやすいものでした。ですから、家で歌ったりすると、母や祖母は「進駐軍が来る」といって小さな声で歌わせようとしました。それでも、母や、祖母からは長い軍歌の暗誦を口伝で教えてもらいました。

今回の防衛省の問題にたいし、やたらにぶれる政治に対して国を守るものの個人的思想・信条侵害にあたると反論があると思います。現在の政権が果たして文民統制をシステムとしては出来るかもしれませんが、資質としての能力があるのか疑問を感じています。もしも、国防というものが政治家のようにぶれて、日替わりメッセージなら国はもちません。だから、毎日のニュースが「歴史認識」と言う名の下にあたかも言論弾圧が行われているようにすら感じられるのは私だけなのでしょうか。

9.11の貿易ビル テロの反撃として、異なった世界における対テロと民主化の名の下での侵略のようにもおもえてしまいます。第二次大戦後、日本民主化の成功事例を他のアジ ア、イスラム、旧共産圏諸国に単純に押し当てる方法は如何なものかとも考えておりました。日本のように、戦前、まがりなりにも大正デモクラシーという土台 があった国とそうでない国と同等に扱うのは大変な間違いを犯すこととなっているようにも思えます。

で、 つらつら述べていますが、古代史においてもそのような疑問が多いと思います。特に物部氏の本質は古事記日本書紀によって政策的に軽んじられるようにされた のではないかと思っております。兄弟の両天皇から愛された額田王などは物部氏の一族であり天智、天武の両天皇にとってやはり、額田王との関係は権威として も額田王のシャーマンとしての力としても必要だったという節もあります。前々からそんなことを考えたおりましたので、今回、再度、最初から先代旧事本紀関 連の文献を読み直しています。

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LetsNoteR4にIDEのSSD(64G)を搭載することにしました。これで、完全にこのLetsNoteR4はゼロスピンドルとなりました。既に、このR4については私のサイトで動画や写真で説明しておりますように、HDDの換装はしておりました。
SSDといいますとSATAが大部分ですが、今回、IDEでは格安の製品が発売されましたので、早速購入いたしました。
製品はTranscend TS64GSSD25-M
購入先はオリオスペック
価格は代引き送料込みで21000円でした。裸では19800円だったと思います。
LetsNoteRシリーズは私がモバイルする製品としては価格以外は満点の製品です。高速で3Dグラフィックに優れていて、DVDやブルーレイ、また、液晶も大きいというようなものとは全く逆の製品です。液晶は10.4インチと小さく、重量は1Kg以下、光ディスクドライブは未搭載です。スピードもこなれたCPUやグラフィックなのでゲーマーには不向きです。しかし、バッテリーの駆動時間は他のモバイル系のノートとは水をあけています。だから、いわゆる業界のプロには、とても愛されているシリーズですね。ただ、最近のRシリーズはあまりの高性能なCPUを必要としている環境から(Vista)、CPU発熱に対してスピンドルを必要としています。実際私も所有しているR6ではクーラーは搭載していませんが、発熱は凄く、夏などは暴走をしないのか心配になるほどです。そこで、R6は娘にプレゼントしました。娘は私と違いまして、仕事の現場で使用することが殆んどないので、熱などに気をつける必要がないのです。私にとりまして、この機種は予備バッテリーを2本もって、現実に仕事の中枢にいるものなので、熱は大変気になります。

HDDからSSDへの複製にはコピーコマンダーを利用しましたが、古いバージョンでHDDからSSDということで10時間近くかかってしまいました。恐らく、新しいソフトではその10分の1以下で終了なのであろうとおもいました。
R4やR6のHDD換装には私のサイトで多く取り上げておりますので、以下をご覧ください。

PanasonicCF-R4分解HDD換装の動画
http://www.syakazuka.com/Myself/R4/index.html

PanasonicCF-R6分解HDD換装の動画
http://www.syakazuka.com/Myself/r6/index.html

バックのデザインを変更Mac風compiz

左の二つはEeePc901の全体像です。右はcompizのキューブで遊びました

EeePc901とLinuxでgoogle検索をすると、eeeubuntuが多く検索されます。内容の大部分がOSとしてubuntuを搭載することが中心です。つまり、4+8=12GのSSDでの利用です。私はLinuxを搭載するのはやはりサーバーとして使えるのを主体として考えております。そこで、buffaloの32GのSSDを8Gのそれと付け替えることを前回解説しました。
実際32Gあればそこそこのサーバーは作れます。メモリーは2Gなので、swapとしては4G前後を設定しています。
EeePcは追加の32GのSSDからは立ち上げることが出来ません。そこで、本体のSSDには/bootを設定しておく必要があります。細かいことは面倒だったので、本体SSDは/bootと残りをswapとして、32GのSSDを/としてマウントしました。
私のEeePCにはWebの機能を搭載するためにubuntuにapache2,php+gd,mysqlを搭載することにしました。
写真はついでにMACでなじみのDOCKを載せてみました。cario-dockです。パーソナルなディスクトップ利用ならWindowsXPの方が遥かに使いやすいと私は思います。利用しやすいエディターはファイル管理、ランチャー、画像、動画、音声などの処理プログラムがフリーで入手できます。しかし、サーバーとして利用するには卓越したシェルやセキュリティの仕組みなどで、私はLinuxを使用しています。

皆さんは携帯出来るパソコンをどれくらい利用されたでしょうか?私は色々なパソコンを利用して来ました。PDAもパソコンとして取り扱うなら、HP200LX、ThinkPad110,Sigmarion,SigmarionⅢ,ThinkPad535,ThinkPad1140,Let’sNote
PCはPersonalComputorのことですね。もう、多くの方にとりまして、PCは2台以上お持ちではないでしょうか。これらポータビリティのあるデジタルツールはTPOにかかわらず仕事が出来る環境を私に提供してくれていました。しかし、ノートPCの場合の問題点はバッテリー駆動の時間です。そこで、2000年前後からはバッテリーのもちのよいノートに私の主力は置き換わってきました。非デジタルツールを個人的ビジネスには殆んど使用しなかったので、大部分の単なる商談やセミナーでのデータ入力についてはSigmarionの利用が多くなってきました。
仕事において、その成果物をデモンストレーションする場合にネットワーク環境は必需となってきましたのが4,5年前からです。特にサーバーも持ちながらのデモも多くなりました。その際、ポータビリティを重視することから、ノートPCにLinuxを搭載することも多くなりました。

エディターがviの人(私はviオンリーです)はvimのfullをインストールした方がよいでしょう。そうでないと、矢印操作ができません。従来利用していたviのように操作するのが出来ないでしょう。
sudo apt-get install vim-full
コマンドラインデーモン起動中止
sudo apt-get install sysv-rc-conf

1.ライブCDの部屋からeeeUbuntu 8.04の.isoイメージをダウンロードし、isoでCDに焼き付けます。ライブCDの部屋さんのローカライズされたubuntuは本当に気楽で安心できます。
インストールが出来たら、LAN環境(有線)だけは作っておきましょう。自分で利用するLAN環境については調べておいてください。私の場合はDHCPではないので、全部登録する必要がありました。勿論、DNSも設定してください。これは、インストール直後にシステムアップデートダイアログが出ている間にやってしまいましょう。そうすれば、アップデートに問題なく対応できます。ネット確認はコンソールでpingでも打って行ってください。

2.mysqlサーバーのインストール
sudo apt-get install mysql-server  -y

3.php5とGDライブラリをインストールする
sudo apt-get install php5 -y

gdもインストールする
sudo apt-get install php5-gd -y
4.apache2のインストール
sudo apt-get install apache2 -y

Cairo-Dockのインストール
Dockについても32GということなのでAWMでもいいのですが、Cairo-Dockがサイズも動きも私はすきなので、こちらをインストールすることとしました。まあ、そこそこ格好がいいですよ。壁紙を適当に変えるとそれはそれで一層雰囲気がでますね。
やはり、32G

$ sudo vi /etc/apt/sources.list
以下のレポジトリを追加。

deb http://repository.cairo-dock.org/ubuntu hardy cairo-dock
公開キーの取得して、インストール

$ wget -q http://repository.cairo-dock.org/ubuntu/cairo-dock.gpg -O- | sudo apt-key add -
$ sudo apt-get update
$ sudo apt-get install cairo-dock cairo-dock-plug-ins

自動起動させるなら、[設定]→[セッション]に以下のコマンドを追加

cairo-dock

compizは最初からインストールされているので、デスクトップのキューブでもいじればそれこそ遊ぶことは出来ますが、dockにしろcompizにしろサーバーを立てるという意味ではあまり必要がないのかもしれない、まあ、それを言ってしまえばそもそもXも不要とする人も多いでしょう。実際我が家の先代WEBサーバーにはXwindowはいれずに運用をしていました。
でも、EeePCをサーバーにする人には「EeePCでここまで出来るぜ!」的な人も多いでしょう。youtubeをみればそんなデモンストレーションは五万と出てきますね。まあ、私もそんな見栄っ張りの一人です。

11月に入ってからサイトのサーバーにハードトラブルが続きました。申し訳ございませんでした。
やっと本日(2008/11/8)に新規のハードウエアで再構築しましたが、今回のハードウエアは暫定的なものです。本来はデーターベースサーバーとしての実運用をしているものであり、高性能ですが、アクセスが大量に発生するものです。一ヶ月以内にWEB専用サーバーを再構築する予定です。

(当サイト管理人)

SSD価格がすごい勢いで低下しています。一昨年末では32Gが60000円前後したものが、現在8800という価格の製品もあらわれました。
今回が初となるSILICON POWER製SSDですが、公称速度はリード最大165MB/s、ライト最大95MB/sで、他社の普及モデルと同クラス。入荷したオリオスペックのテストでは、リード141MB/s、ライト88.72MB/sという数字が出たということです。
こちらのSSDは32Gが8800円、64Gで16800円とのことです。

http://www.silicon-power.com/product/pro_detail.php?main=16⊂=28&pro=59&sub_v=&currlang=sjis

EeePc901で2枚目のSSDを32Gに載せ変えましたが、遅いタイプであっても、やはり、HDDではない(ゼロスピンドル)安定感をかんじました。

大容量を前提としないWebサーバーなら、前記の64GのSSDなら申し分ないと思えます。ディアルコアAtomにSSDをつけたPC全体でノート並の省電力サーバーを構築できるのではないかと考えています。自宅にあるWEBサーバーをそれで、作り直そうかと現在考えています。

ディアルコアAtomをつかったShuttle(株)の自作キットは実売価格23000円前後です。メモリースロットは1枚なので、2Gメモリーでも入れて、SSD64GでPCを構築するなら、

筐体+Mother+CPU=23000円
Memory2G=2680円
SSD64G=16800
合計で42480円
ってところですか。まあ、インストール用のDVDドライブはどこかのものを流用してください。サーバーですから、インストール後は不要でしょう。OSはFedoraでも十分でしょうし、Ubuntuをカスタマイズしてもいいでしょうね。めちゃくちゃ静音省電力のサーバーが出来るでしょうね。
http://www.shuttle-japan.jp/Product/X27D/x27D.html

今日は文化の日。特異日なのに雨。

母に同級生(といっても90歳なので)から電話がきていた。

「そうそう、今日はね、昔で言う明治節だよ。あの、歌もよかったねぇ。」

「呼び方がかわったからねぇ。」

そんなことを言いながら、電話を切っても明治節の歌を母はうったっている。

私はそんな母の姿と声をネットワークカメラで眺めている。

いつになく元気な、ハリのある声で今また歌っている。

私は休みの職場でデータの検証をしていて、確認がとれたので、もうすぐ帰宅することとする。

信号無視を1回、優先無視を1回。今日はとんでもない日だと思った。最近、胃の調子が悪い。目的意識も段々なくなってきている。これが老人ということなのだろうか。私にはこの県都に最低で3箇所の聖地がある。こんな日はそこを回ろうと思いました。
一つは○○○。25年前まで5年間、私が経営していた喫茶店。そこには私の過去があります。
それから、西県都中央病院にいきました。駐車場に立つと綺麗な声と口笛が聞こえました。「あぁ、あの人だ」と、直ぐにわかりました。私にはもう4年という時間が流れています。障害を持っている子供を車椅子に載せて、明るく小学唱歌を歌って、いつも一緒に散歩をして、子供を励ましている男性。多分私と同年代と思えます。病院の中を子供には楽しそうにして同伴する男性を見ると、手術後間もない私は勇気付けられたものです。完全に死を覚悟していたときどもありました。幸い私は、現在のように復帰することができました。私が退院してから4年もたって拝見したその、男性は、本当に年をとられたようでした。私は軽く会釈をして病院内にはいりました。男性は怪訝そうに、会釈を返してくれました。この私が再生した聖地に来ますと、目的にいたるややこしい論理や心情なども無関係に「生きよう」と思えます。
最後に墓参をしてきました。
過去、再生、そしてもっと遠い過去への報告をしました。
皆さんの聖地は何処ですか、研究室?、キャンパス?アメリカ西海岸?聖地に行くのにためらいはいりません。原点を見ることも迷ったときには大切なのかもしれませんね。皆さんが決めることの全てを尊重します。皆さんの全ては今後は特に自身しか決定できないのですから。