早朝の蓮池

今日で私は定年で会社を退社します。明日、全く同じ条件に会社に入社でしょう。ただし、今回は1,2ケ月で退くつもりです。理由は、新たな会社を設立することになったからです。
で すから、今日が定年で最後の日といっても、明日の前日でしかありません。だから、さしたく感激や感動もありません。会社の同僚も私が本日で定年だというこ とについては誰も知らないでしょうし、明日になってもわからないでしょう。明日になったら、本日同様、いつものように出勤して仕事を遅滞無くおこなうだけ ですから。
システムの仕事は中々、後継者を作成するのに手間がかかります。年中勉強をし続ける修行僧のような生活でもあります。だから、人生として割に合うかどうかはわかりません。
新会社設立についての説明会を先日私の休みに開きました。多くの応援をいただくことが出来ました。年齢が高いので、私にはトップの重責は無理だと思い、とりあえず、末席の役員で居ることにしたいとおもっております。
システム屋は楽な仕事ではありませんが、同年代の人々がリストラ、定年、退職、老後、などといっているのに、その意味で言えば、いつでもオファーがあるのです。ただし、好きでなくては出来ません。
今朝も6時に出勤しています。昨日は7時に帰りました。
先日、早朝(5時)に妻と一緒に蓮池のある神社に行ってまいりました。写真をのせておきます。

今朝の涼しさは初秋を感じさせられました。
最近はAM2:00に起床。その後、本を読んだり、原稿を書いたり、そして、4:30から朝の散歩に出かけます。体重は5Kgの減量に成功したおかげで、10年以上前の服が着用出来るようになりました。
早 朝から製造しているイートインコーナーのあるヤマザキデーリーに立ち寄ってパンを購入したら、財布の中には9円しか残っていませんでした。この3日間はあ まりお金を使うことがなかったので、600円ですごしていました。つまり一日200円。さすがに、9円では今日一日の休みが台無しになる可能性があるの で、出勤して、9時になったら郵便局で少し小遣いを下ろすつもりです。
贅沢ではなく、納得できる仕事、つまり、決定権のある仕事をするために起業することにしました。月曜に説明会をおこない、9月か10月初旬に会社を立ち上げます。
よく、起業化することにたいして、「<お金がほしいからでしょう?」といわれますが、私の場合自分で作ったプログラムで評価をいただいているものを年間3本くらい販売すれば現在の私の年収より多くなるのです。だから、それ以上に決定権が欲しいのです。
決定権の無いことは、つまり、上位にたしいして、いちいちお伺いを立てることほどわずらわしいことはありません。特に、「IT革命」の本質は「情報ネットワーク技術革命」だという事を理解できない人に対しては苦痛でしかありません。
「情報」「ネットワーク」「技術」という三つのキーワードで共有できる思想を説明する常識的なことについてイマジネーションの無い方は社員を多く抱える企業のトップになってはいけないと思っております。

毎日毎日、つまらないことで忙しくしています。Athron64のCPUでWindows2000のOSで動いていた開発用のPCが不具合がおおく、 HDDを300GにしてWindows2003サーバーとしたのですが、以前の開発環境を作り直すのに時間がかかってうまくいっていません。
この ところ、Linuxばっかりのインストールをしていましたから、MicrosoftのOSを自分好みにカスタマイズするのが大変です。特に、私はJava をeclipseとSun java studio creatorとの2本立て、VisualBasicそれに、Vc++をつかっています。それにvncやeditor、Firefoxなどをのせますし、 その一つ一つを結構こだわってカスタマイズしていますので、大変です。また、ランチャーや動画編集やGimpなどもフリーソフトを使っていてますので、イ ンストールとカスタマイズ、それにランチャーへの登録、旧HDDからのデータの移植などで2日間かかりました。
このつまらない作業は本当に定期的に発生してしまいます。多くのデータはサーバーに乗っけていますが、サーバーがこけた時は悲惨です。現在、部下が管理しているサーバーがこけて、大変です。私のではなくてよかった。


釈迦塚の歴史

「釈迦塚の歴史」が出版されました。私も一部投稿をしておりますが、釈迦塚歴史考サイトで紹介しています。

「釈迦塚開村400年記念事業」として見附市釈迦塚町在住の淡路久雄氏はじめ、地元の方々が中心となり、編纂された貴重な資料がこのたび発刊されました。
「釈迦塚の歴史」の特徴は、資料の大半が釈迦塚町所蔵文書でまかなわれていること。 また内容は「通史編」と「資料編」に大別されています。
淡路氏は、釈迦塚に残されている多くの古文書の解読を手がけられていらっしゃり、「釈迦塚歴史考」の執筆者でもいらっしゃいます。

見附市教育委員会からリンクがはられています。
Edito

釈迦塚御開帳が本日滞りなくおこなわれました。今回は「釈迦塚の歴史」が淡路さんを中心に編纂にかかわられた方々の一方ならぬ努力が実り、この御開帳にあ わせて、出版がされました。一地方の歴史書としては多数の方々の支持と興味をいただき、現在、増刷に踏み切ることとなりました。この「釈迦塚の歴史」の中 には多くのページに浅野家のことが登場してきています。淡路さんも挨拶の中で、歴史研究の知り合いの方々からは「浅野に対するページが多すぎるのでは?」 との意見が多く出されたとの事でありました。それは、釈迦塚開墾の歴史が浅野家とその家臣との連合でなされたことと、1600年代から明治大正まで浅野が 名主として続いてきたことにより、その歴史のなかに多数のページをつぎ込むこととなったわけです。また、各村民の方々もこの数百年の間で全てが浅野家との 縁戚となれれていることも村を語るときに浅野家を語らねばなりません。しかし、現在、浅野家は新潟県には、ほとんど住んでおりません。十三代浅野虎三郎が 栃木に生活拠点を移してから、直系の浅野家の方々の多くが栃木を基盤とされております。釈迦塚400年の歴史は現在、釈迦塚の村民のものであり、浅野家は 殆ど関係がなくなってきています。それゆえ、この後作られる多くの物語は釈迦塚の現村民の物語であってほしいと思います。この御開帳を開催するに当たっ て、多くの開墾に参加されました家臣一同の末裔の方々によって、行われていることに関して、感謝申し上げます。淡路さん、西さん、石田さん、武田さんなど の代を重ねて、ご尽力をいただいております方々並びに、世代がもう一つ若くなりつつあることにも感謝申し上げます。また、今回は、本はホームページの影響 も随所に垣間見れることがありました。それから、7年前とは様変わりしたように動画機材が目立ちました。最後に、御茶ノ水女子大教授の真島先生から新たな 発見につきましてのご報告を頂戴いたしました。このけんにつきましては近々特別のページを作成し、アップロードいたします。
早々

明日、釈迦塚では7年毎の御開帳と法要が行われます。今回、真島教授からまたビックリするような発見につきましての発表がされると思います。
それ から、淡路さんの古文書講座の掲載が遅れて申し訳ありません。古文書特有の文字について若干悩んでいるので、淡路氏と相談をさせていただいてから掲載をし たいと思っております。古文書は全て縦書きでこれを横書きにすると画面が見にくくなるという特徴ともう一つは外字の問題です。そこで、解読文を画像 (jpg)にすることと、もう一つはPDF化してしまうことについて検討しています。そうすると、淡路氏のPCにPDF変換ソフト(フリーソフトでもよ い)をインストールしないとまずいのです。あるいは外字を私のPCに登録すればいいのですが。少なくとも、このような画像系または印刷系で対応がとれるか とおもっております。この件の決着がつけると一挙に掲載が可能であると思います。

還暦となってしまいました。つまり、一般的にはそれ相当の年となり、現役から老人にいたる道に入ったことを意味しましが、私には関係ないように強引に思っています。
晴天で、昨夜は11時半に就寝し、4時にいつものように起床。会社は就業規則では9時からなのですが、現在出勤しています。これもいつものこと。還暦となっても何も変わらない一日の始まりです。

二人の父と祖父も達し得なかった年齢に到達しました。

天に感謝!