ヒロシです。かつて課長以上でシステムに明るい役人にあった事がありませぇん!
自称システムに強いというのなら掃いて捨てるほどいるのですが。
システム化に一番抵抗するのは、どちらかと言うと自称システムに強い連中ですね。
行政がシステム化すると一番困るのです。「あの人に聞けばわかる」とかいう、権益者が不要になるからでして、だから、役人は基本的にディスクロージャーなんか反対なんですよね。
でも、この利権で生活しているのも40%もの我々もふくまれるわけですね。合併することになる市町村は大変です。今まで町村レベルでは首長の親戚で独占していた納入業者が浮き足立っています。
なんか、発展途上国の話ではなく、新潟県の県庁所在地のはなしなんだからガックリですね。
システム化でコストが削減にならない行政区はカスの集団に占拠されているとしか思えません。まあ、そうじゃないところについて噂では東京都、神奈川などがあるそうですね。あとは、あまり知らない。
泉田知事はどうなんだろう?前知事がひどかったから仕事をしなければ及第点なんでしょうね。
今日は10日ほど前に帰ってきた娘が大阪にもどりました。朝から、雪がすごかったのですが、家で雪をいじったり、システム構築をしたり遊んでいました。
システムを業としている者で共通しているのはフリーソフトの使用に長けていることでしょうね。メーカーのお仕着せのソフトを使用するのに抵抗があるのも事 実です。さらに、入手したフリーソフトであってもカスタマイズしてしまいます。デザインや操作性も自分の好みをだせるソフトが好きなのです。そして、その ソフトを本当にすばやく操作することに快感をおぼえます。Firefox,Thunderbirdはそんなお洒落心を満足させるオープンソースのフリーソ フトです。また、mac,windows,linuxなどの各種OSにも対応しています。
私が必ず毎日利用するフリーソフトにはVNC、 FFFtp、というネットワークツールもあります。VNCは会社やはなれているインターネットに接続されているコンピューターをまったく、自分のPCのよ うに利用できます。WindowsからLinuxを LinuxからWindowsを、まったく距離を無視して使用ができます。ネットワークで使用しているフリーソフトはApache,PHP,MySql, Perl,javaなどのWebサイト系はいずれもmac,windows,Linuxに対応しています。
Windowsではウィルス関連としてAVG,SpywareBlusterなどのフリーソフトを利用しています。
Windowsだけでも私が常時利用しているフリーソフトは100種類はくだらないとおもっています。つまり、製品版はほとんどつかわないといっても過言ではないでしょうね。
明 日は雨模様らしく、新潟の会社に出勤する予定です。娘が3日前に帰って来ていますが、日曜にもどるそうです。就職をしてくれるらしいので親としてはうれし いのです。同じ国立の理系の学部であっても、新潟では企業からのアプローチは少かったそうですが、現在は200個所の企業からメールが来ているそうです。 融通の効かない娘なので、それでも、現在1社しか受けていないのだそうです。新潟には戻る意志はなく、関西で働くが、大学に残るかのどちらかだということ です。
ユキが続くと新潟を捨てたくなります。私も関西に行きたいのです。特に京都にはおもいいれがあります。わたしの先祖は戦国時代に終に多くの 家臣とともに、溝口家に仕えることとなり、越後に来ました。それ以前は京都伏見深草に住んでおりまして、そちらには祖先の菩提寺も墓もあり、毎年、お参り にまいります。私がもしも、関西に住いすることとなれば、約400年ぶりとなるわけです。この地に赴任してから、数百年の間、私の一族は京都を安住の地の ように思続けておりました。
ユキが降ると戻りたくなります。ビートルズのGetBackという歌がだいすきです。
Get Back to where you once belong!
“君が以前いた所に戻ってみなよ!”
軽快なジョンレノンの詩の一節が大好きです。京都では、お稲荷さまの関連で深草は恐い所とおもわれています。ところが、私にはガンダーラのようなものでして、華やかな御所周辺では松永、三好らとの戦いで直接の先祖が二人戦死しています。
ユキが降ると「心の居場所」に、ふと、もどりたくなります。

(写真は1997年8月に780円で投売りされていて、ついつい購入した音響カプラ)
本 当に企業姿勢は大切なことですね。安いだけの中国製品ではせっかく記録した大切な情報が消えてしまっては元も子もありません。時代の趨勢を把握することは 大切ですね。ビデオテープもVHSが勝利しベータは駆逐されましたが、中古のベータの稼動するデッキがあると高値で売買されているそうです。
私も東芝ビュースターというポータブルタイプのベータのデッキをもっています。6Kgもあるもので、「これがポータブルかよ」って思ってしまう代物です。
フ ロッピーでさえ、最初は8インチのもので1枚8000円もしました。それから、5インチになり、3.5インチが主流となりましたが、現在のPCではフロッ ピードライブがついていない(オプション)となっているものもノートPCだけでなく、ディスクトップでも多くなりました。これは、マザーボードがブートで きるドライブがHDDやFDだけでなく、CD-ROM(DVD)にも対応しているのが常識となったからですね。残念ながらMOにマザーのブートが対応して いないのがMOドライブが市場から消えていく大きな要因となったのでしょう。
わたしは、時代趨勢に勝てずになくなってしまった部品を多く持ってい ます。音響カプラもその一つです。昔、通信がアナログだったころ、6芯の通信ジャックが普及していなかった頃、電話の受話器に取り付けてパソコン通信をし たのですね。これですと、世界各国で通用したのです。まだ、インターネットが無い時代のころです。
でも、それらの部品は「オモイ」があって手放せ ないのです。クラッシックカメラみたいなノスタルジアを感じるのです。進化が極端に早いこの世界ですので、20年前ですと殆ど石器時代ですね。わたしは 30年も付き合っていますから、吹く臭い絶滅した恐竜の化石を見ながら創世記の地球を楽しんでいるわけです。
私は子供部屋がなかったので、3畳でも自分の好き勝手な部屋が大好きで、家内と言えど中に入れたくないのです。この私の部屋は昔懐かしい響きのある大切な「秘密基地」なんです。
昨 日、自宅のPC室を大改造しました。7時間もかけました。地震には不向きですがエンジニア心をうきうきさせる部屋になりました。3畳しかないのですが、完 成記念に4台にディスクトップと6台のノートをいっせいに電源を入れてみました。各ディスプレイに別々のソフトが動いているさまは壮観でした。うれしかっ たし、現在もそこにいて、あちこち残りのセッティングをやっています。至福の時ですね。
カリフォルニアの友人とネットのテレビ電話 (Eyeball)で話していました。彼らはこんな日本の小さな部屋に逆にあこがれるようです。机上には3台のディスクトップPCが積み上げられ、木製引 き出しの中にマザーを組み込んで省電力で動いているLinuxマシン。それ以外の引き出しにはノートPCがはいっていたり、机のあいている部分にはスピー カーやディスプレイなどが並んでいます。私の小さな城は外人にもわかるらしく丁寧に動画で撮影して自分の所に送信してくれと言っていました。小さなスペー スでも巨大な宇宙空間のように思えて、少し鼻高々です。
さきほど、NHKのプロジェクトXでTDKが取り上げられていました。私が○○さんに光メディアの媒体ならTDKを推薦したのが間違いがなかったようで、これもうれしかった。
今日はデーターベースを使ったWebDBの仕事も、うまくいったし、家内からもあまり文句をいわれなかったし、いいことばっかりの一日だった。まあ、一日送れの自分に対するチョコレートだと思って納得しています。うん!
まあ、どうでもいいのだが、この親子は孫にまで、政権をゆずろうとしているらしい。これが、社会主義だって?社会主義は世襲制か!
こんな、キチガ イ国家が、また核兵器だなんて!まあ社会主義独裁者の末路がどうなるかはホーネッカー、チャウシェスクを見れば分かるよね。社会主義や共産主義という全体 主義の政権が実際自国民をどのように取り扱ったかはスターリン、ポルポト、毛沢東、それに金親子を見れば分かるよね。100万の単位で粛清、処刑、餓死を させているんだ。
北はその中でも最悪だろう。従軍慰安婦問題などは問題にすること自体が問題かもしれない。いわゆる従軍慰安婦だった女性はそれ相 当の女性であったわけだし、当時としてはそれが許されていた時代だった。また、従軍慰安婦として日本軍に売り込んだのは現地の朝鮮人であったのは事実だ。
東方儀礼の国で儒教の国なんて事がバカらしい。儒教が朝鮮民族に与えている悪影響を考えることが彼らはないらしい。北はその民族に染み付いている儒教精神を利用した儒教的社会主義らしい。だから、世襲ができるのだろう。
今度は平壌でサッカーが行われれば、あの不気味な美女軍団(夜は喜び組)が登場するのだろう。この喜び組みは金専属の慰安婦だろう。
国 家反逆は「根絶やし」となるらしい。これは中国では三親等までらしい。当時では約200名前後になるのだそうだが、金の独裁政権では最悪の場合七親等まで だとTVでいっていた。それこそ1000人は処罰処刑されるのだろう。だからこそ、マンセイをいわざるをえないわけだ。
そんなわけで、北を母国とする人々は全員、慰安婦か慰安夫にならざるをえないわけだ。
国 民を独裁者の慰安婦(夫)にして、近隣諸国を核で脅して、金と食料を脅し取る。僅かな輸出品は偽札と麻薬、本業は営利誘拐の国を国家と認めて国交正常化な んていうことはアリエナイだろう。そんなこというのは間違いなくカスか変態。そして、日本の慰安夫(朝鮮総連=誘拐拉致の実行部隊)だけだろう。どの政治 家がその手先か見極めがかんたんだよね。
ほっておけば、破滅する国家だ。金以後を考えて付き合おう。
先日(2月4日)、定期健診に病院に出かけました。
胸のレントゲンをとって、外来でチーフの先生に診察してもらいました。「本当に○○さん(私の 事)の治り方は人間離れしているね。この病院でも年に1回あるかないかの難しい手術だったんだけどね。全く問題ない!今度は4月1日に来てください。」っ ていわれました。人間離れしていて動物なのか?って思いました。
昼飯のために病院内の食堂にいったら、私の手術を担当した主治医をふくめて、3人 の顔見知りの外科医師に会いました。一緒に食事をして手術やコンピューターの画像処理なんかでもり上がりました。私は同室だった私以外の三人の患者につい てたずねました。一人は再発して舞い戻ったとの事。また、もう一人は突然病状が悪化し個室にはいり、その後のことについては話せないとの事。そして最後の 一人は大学病院に移動したとのこと。結局、転移が多すぎたのだろうと私は勝手に解釈しました。その方は私より5,6歳若いのですが、転移が見られるため抗 癌剤治療をしていたのですが、結局病院を替わらざるをえなかったのは肺に特化したこの病院では手に負えない状況になったのだろうと思っています。そんな状 況を聞くと、いかに私がラッキーだったのかがわかりました。
病院周辺に生息していた野良猫達のうち、私が一番好きだった猫は瀬波の方にもらわれて いったそうです。その猫はもらわれるために猫用のオリを出したら、さっさと自分でその中に入り、新しいご主人のうちにいったら、生まれてからずっとその家 にいたような雰囲気で過ごし始めたそうです。その一家も、その猫がきてから立て続けに良いことが起こっていて、不思議な猫だと感謝しているそうでした。私 もその猫が本当は飼いたかったのですが、病気が肺に関するものだけに、動物の毛や雑菌に注意しなければならないので飼う訳にはいきませんでした。でも、そ の野良猫の話は同室の患者の話を聞いて沈み込んだ気持ちを幸せにするものでありました。殆ど対部分の野良猫は雪の中を凍えながら過ごし、私がCと名づけた 貰われていった猫と仲良しの背中に傷を負ってしまった猫は死んだそうです。15,6匹いる野良猫達にとって冬の環境は辛いのでしょうし、彼らが里親を見つ けることは困難なことなのでしょうね。だから、瀬波の方に貰われていった猫は本当に幸運な猫だったのでしょう。
ふと、私は自分もそのような幸運な猫だったように思えました。
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カメラ小僧であった私にとりまして、それこそライティングってのは圧倒的な写真の上手下手を決定する大切な技術でありました。今回、光源を操作して、幾つかの撮影をしてみました。
私 はこの時期になると、今年は猛威を振るうと言われている花粉症に悩まされます。対策として色々あるのでしょうが、実際の症状を和らげる手段として、私の場 合は目薬を多用いたします。そこで、この目薬を撮影してみました。透明のプラスティックの容器というのは撮影の技術が難しいのです。室内の蛍光灯のフラッ トな環境で撮影したものと異なり、すごい成果がわかります。見比べると本当によくわかりますね。一番上が普通に何も考えずに撮影したもの。次がちょっとラ イティングをしたもの。3番目が一番ライティングにこったものです。
写真は撮りだすと、ただ写ればよいというものでなくなってしまいます。し かし、時間がたってしまいますと、なんていうこともない昔の写真がよく思えたりもいたします。自分にとってやはり意味のある写真が一番であり、美しいもの がよいとばかりはいえないのだという風に思える年齢となりました。
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(写真は通勤時の雪の風景です。)
雪 も峠を越えたとの事。実際、今日は殆ど降雪がありませんでした。でも、雪出しはしなければなりませんでした。明日は絶対会社に出かけます。自宅で、仕事を 3日もしているとストレスがたまってきます。だから、仕事の時間が終わると、すぐにコンピューターの部品の入れ替えや組み立てをしてしまいます。まあ、そ れが以前お話したように私のストレス解消法なのですね。自宅のPCルーム(つまり、私の部屋)は3畳しかありません。この中に7台のPCがあると人には いっていましたが、本日整理整頓をしましたら、ディスクトップPCが4台あり、これは毎日使用しています。そのほかに何とノートPCが6台ありました。 内、1台は壊れていますので、使用可能なノートPCは5台です。また、パームトップPC(PDA)が4台ありました。つまり、壊れたものを入れると3畳の 部屋の中に14台もPCがあることになります。このほか、我が家には妻の物と娘の物が各1台づつあるわけですから、ひどく散財しているわけで、妻にはいえ ません。もう、こんなにして、数えるのはやめます。
雪作業の疲労も今日一日でとれたようです。明日は本社の中核のPC用のソフトをシステム変更で作り直しに新潟に出かけます。あさっても新潟に退院後の定期検査に病院にでかけます。






