手術について(3)
術 後20時間で御粥で食事となりましたが、これは、最高に痛い状態でめまいのする段階でしたので、殆ど、食することが出来ませんでした。しかし、そういって も、体力は必要なので、じっくり時間をかけて、おかずも含めて、50%ぐらいは食べたでしょうか。私は好き嫌いはないので、病院食で初めて残す事になった 食事でした。ただ、その後も2食だけ御粥だったので、御粥それ自身はいくらか残す事となりました。ノリ(接着用の)状態で、好きになれませんでした。食事 としての配慮の問題ですが、肺からチューブがでていて、厚さ5cmぐらいの若干縦長の容器で3部屋に分かれている縦長の部屋一つにドレンとして肺周辺の内 蔵で生成された血液を含む余分な体液が排出されるのです。最終的に32時間で450ccぐらいでした。なぜ32時間といえば、それで、その管を引き抜い て、傷口をホチキスでとめたからです。この部分は3週間後ぐらいで抜糸ですが、背中の抜糸は4,5日すればいいのです。実はこの体液は赤黒い色から綺麗な 赤色に近いものまでのグラデーションで格納されているのですが、そこに至るチューブの中の色が、夕食についてきた、イチゴプリンにそっくりな色で、嫌だ なぁとおもいながら、甘いものも心地がよかったので、食べました。でも、うまくなかった。あの色は配慮に欠ける。でも私だけだろうか、そんな事を考えるの は

手術について(2)
娘のために敢えていえば、集中治療室につくと、心電図をモニターするために、胸に4,5ヶ所端子を取り付けていた。肺から、 1cmの太さのドレンチューブがでています。点滴のために3ヶ所腕には口が開いていた。口には酸素マスクがかぶせてあったが、鼻から胃まで、カテーテルが 入っていた。取り出す時に確認したら、鼻腔から50cm以上ありました。
こんな状態の私をみるのは初めてなので、動画撮影は出来ずに、泣いていたそうです。私としては、学者の卵を目指すのなら冷静に対応はして欲しいのですが、これもいい経験となるでしょう。
熱 は37.5まで上がっていました。ただ、午後3時に手術は終了したのですが、水は飲めません。むせて、術後の肺に入ったらそれこそ一大事ですものね。午後 9時にうがいができのです。AM1:00に水が飲めるようになります。もっとも、看護士にお願いして、胸に入らない姿勢でのみます。この時間の長い事。汗 びっしょりで、おまけに、手術中は完全に同じ姿勢でおりますし、そのご、集中治療室でも全く同じ姿勢なのです。そこで、両足にはエコノミークラス症候群対 策用のストッキングに血圧測定時に使用する空気を入れるバンドみたいなのが巻きつけられ、不定期に少なくとも5分以内に足を片方ずつ締め付けられます。つ まり眠れるわけが無いってことです。
病室にはAM11:40分に戻れました。しかし、実際、25時間(術中の5時間は眠っていましたが)、ねむれ ず、動けずは精神的にも肉体的にもダメージを与えられます。病室に戻ったとき最初に立ち上がることすら出来なかった。背中に傷があるだけでなく、立ち上が るとふらつくのです。部屋まで車椅子で運ばれましたが、車椅子から降りたら立ちくらみや嘔吐感があることが一挙に噴出いたしました。娘と妻は食事に行って いて戻ってこない。じっと我慢をしている間は 30分ぐらい。この間も嘔吐感はぬぐえませんでしたが、彼らがもどってから、立ち上がろうとすると激烈な痛みが襲ってきました。しかし、食事や、トイレは 日常ですので自分で出来ることが必要ですから、リハビリは早いほうが良いというのが現在の医療の考え方だそうで、私もその意見に納得していましたので、痛 みをこらえて動く訓練を1時間ぐらい行ったら実際すぐに痛みは無くなりました。