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浅野家由緒書(写)  NO_7
浅野次五右衛門書(延宝二(1674)年八月)
楷書化

一、 祖父浅野儀右衛門政邇儀天正十四丙戊年
加賀国大聖寺にて生れ、幼少の時正太郎
と申し、慶長三戊戌二月十三才
にて元服
御太祖様へ 御目見仕、儀右衛門と
改名、同年加州より 御当城へ  
御入部の刻御供仕、同五庚子六月
父と共に坂井に来り、同年八月当国
一揆の者三條の城責いたし
御後詰被成候砌、さかいに罷在中ノ島
大面の押仕候御事

意味

一、 祖父浅野儀右衛門政邇は、天正十四(1586)年加賀國大聖寺に生まれ、幼少の時は正太郎と申しました。慶長三(1598)年2月13歳で元服し、(中略、常に正八郎政久とともに御太祖公のために働いており)、同(1600)年八月越後國一揆のとき三條城での責務を果たし 太祖様の後詰を申し付けられたとき、坂井にまかり出て、中之島・大面の押さえの役割を果たしましたこと
読み方

一、 そふ浅野儀右衛門政邇ぎ天正十四年ひのえいぬのとし加賀のくに大聖寺にてうまれ、ようしょうのとき正太郎ともうし慶長三つちのえいぬのとし二月十三さいにてげんぷく 御太祖さまへ  おめみつかまつり儀右衛門とかいめい、どうねん加州より おんとうじょうへおにゅうぶのときおともつかまつりどう五かのえねのとし六月ちちとともに坂井にきたりどうねん八月とうごくいっきのもの三條のしろぜめいたし、おんごづめなされそうろうみぎり、さかいにまかりあり中之島、大面のおさえつかまつりそうろうおんこと

解説(淡路久雄)

変体かな 里(り)
難読文字 被成=なされ

追加解説(管理人)
入部 領内にはいること。特に、国司や領主などが、はじめて任国や領地にはいること。入国。入府。