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楷書化一、 祖父淺野儀右衛門政邇儀天正十四丙戊年意味 一、 祖父淺野儀右衛門政邇は、天正十四(1586)年加賀國大聖寺に生まれ、幼少の時は正太郎と申しました。慶長三(1598)年2月13歳で元服し、(中略、常に正八郎政久とともに御太祖公・ ョ繧゚に働いており)、同(1600)年八月越後國一揆のとき三條城での責務を果たし 太祖様の後詰を申し付けられたとき、坂井にまかり出て、中之島・大面の押さえの役割を果たしましたこ ィ読み方 一、 そふ淺野儀右衛門政邇ぎ天正十四年ひのえいぬのとし加賀のくに大聖寺にてうまれ、ようしょうのとき正太郎ともうし慶長三つちのえいぬのとし二月十三さいにてげんぷく 御太祖さまへ おめみつかまつり儀右衛門とかいめい、どうねん加州より おんとうじょうへおにゅうぶのときおともつかまつりどう五かのえねのとし六月ちちとともに坂井にきたりど・ ねん八月とうごくいっきのもの三條のしろぜめいたし、おんごづめなされそうろうみぎり、さかいにまかりあり中之島、大面のおさえつかまつりそうろうおんこと 解説(淡路久雄) 変体かな 里(り) |