お家流 鎌倉時代、青蓮院門跡尊円法親王によって作られた書道の流派、徳川幕府の公式文書の文体に採用された。お上に提出する文書は必ずこの書体を用いた。 この文書は新発田領中之島組小沼新田名主西保平に依頼して書いてもらったものである。
加藤氏 溝口家家老、加藤図書頭
御太祖様 ここからは初代藩主溝口秀勝公のこと 大聖寺 現在は加賀市(石川県)となっている 九州へ 秀吉による島津征伐 異体文字
標準の字体の他に当時普通に使われていた文字で、現在は使われていない文字。古文書には数多く登場します。敦賀ナドの等がその例です。 由緒書 藩では数十年に一回、村・町役人などにその家の由緒書の提出を命じました、そのうちの一通(写)です。
茂右衛門新田(現見附市坂井新田)
平右衛門新田(栄町小古瀬新田のこと
この年幕府が「一国一城令」を発し、一国に一城を残し外の城砦は破却を命じられた
歴史 片岡、山庄は郡奉行職にあった人
歴史 この頃の新発田藩は村役人の呼称を大肝煎、肝煎とよんでいたが、この後まもなく庄屋、名主と呼び方を変える 注目すべきは次五右衛門代まで浅野と苗字を書いていること、次代あたりから苗字を書くことがなくなる。私文書は苗字を書くこともあったが、九代儀右衛門十代正八郎は神文名主として苗字帯刀を許された
まだまだ続きますが、今はここまで。。
本文に使われている変体かな江はえと訳すべきですが現行のかなずかいではえとへとに使い分けが必要です
変体かな 而(て) 二(に) 者(は) 之(の)但し之は(し)と読む場合もあります
変体かな か春(す)み
変体かな 与(と)
変体かな 里(り) 難読文字 被成=なされ
変体かな い多(た)し
難読句 為御備 おんそなえとして 可罷在 まかりあるべく 蒙御意 ぎょいこうむり
変体かな難読句 変体かな 毛(も) 能(の)
変体かな連(れ) ヲ(を) 難読文字難有=有難はよくある使い方
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