淺原雄吉氏の講演(歌麿と越天庵
1999年8月17日に行われた釈迦塚御開帳のなおらいで浅原勇吉氏が喜多川歌麿と九代浅野儀右衛門こと越天庵との交流を発見するに至った氏の探索を圧倒的な知識と情熱で語られた。氏の隣には氏の奥様そして私の娘そして私という順に座っていたので、最初から最後までをビデオに収録することができた。映像ファイルですのでとても大きいわけです。したがって氏の講演の部分は8つのファイルで展開してあります。(七部の構成) |
真島秀行氏の講演(寺本氏と五輪塔)
こちらも1999年8月17日の講演ですが、席が離れていたことと、ビデオの準備に間に合わずに僅か2分くらいの収録です。真島教授の御先祖は釈迦塚の真島氏です。教授がいかにして釈迦塚と縁をもたれたか、そして、大五輪塔を発見するに至ったかを講演していただきました。教授は2001年もふくめ6年にわたり8月17日は釈迦塚に調査研究のためまいられております。これらについての更なる研究の成果は「釈迦塚の祖先捜しから寺本家家筋まで(平成13(2001)年8月19日)」というかたちで当ホームページでも発表されております。(二部の構成) |
釈迦塚ご開帳法事
1999年8月17日釈迦塚御開帳の先祖供養の法要の様子を短い時間では有りますが釈迦堂の内部の様子として録画いたしました。(一部の構成)
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京都深草から大雲寺まで
2001年に私は京都に4回行くことができました。そのうちの三回は深草の大運寺にまいりました。最初の大雲寺にまいりました時の京阪深草駅から大運寺までの徒歩での娘と二人道すがらを録画したものです。(四部の構成)
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大雲寺の境内
原光司ご住職に案内されて大雲寺の境内を回った様子を録画いたしました。渡り廊下をとおり広間へ、広間の障子戸をあけると、の小さな墓が、その墓も大五輪塔同様に原氏が毎日御供養されているとこのと。されに二畳の小間の茶室へ。そして庭に出て、渡り廊下の下をくぐり、五輪塔の後をとおりぬけ、四畳半の下座床の茶室へとまいりました。それらを録画してあります。(六部の構成) |
原光司ご住職との話
大雲寺と寺本家また浅野家について大雲寺にのこされた「寺本氏略譜」と私のコンピュータに整理されている写真を含む文献資料とを付け合せながら、語り合っています。録画をしてあるのですが、画像的には動きがなく、録音で映像が無くともよかったかとも思います。原氏の「リン」とした修行に裏打ちされた声がとてもはっきりと聞き取れます。(十部の構成) |