デジタル化の勧め(陳腐化の原理にどう立ち向かうか)

2001/06/02


昨年、当地で古い屋敷が、焼失いたしました。その際、未発表の良寛の書を含む百点を超える書画が燃えてしまったそうです。物は黙っていると古く朽ち果ててしまいます。(時間と歴史による陳腐化の原理、本質的にはいかに丁寧に管理していてもバクテリアや微生物、また化学反応などで質的に変化してしまいます。とりあえずそれを陳腐化の原理といいましょう)それは全く自然の摂理で現在のところ私どもには阻止することが出来ません。ところが、近年のコンピューターの技術であるデジタル化はそれらの文化財についてさえ現状のほぼ完全なコピーと陳腐化の阻止に力をあたえます。私は釈迦塚に興味を持って研究しはじめたのが40歳台半ばからで、それまで、釈迦塚には一切興味がありませんでした。もし、私のように、年齢をかさねてから(若いかどうかは別にして)でも興味をもたれるかもしれない一族の方々のために、資料をデジタル化しておくことは大切です。当然デジタル化したものはまったく本物ではないので、世によくあるような、骨董的価値はありません。まったく、学術的、一族にとっての個人的価値にほかなりません。そのために私のコンピューターの技術が役に立つならと思い、今後も、時間の許す限り研究を続行してまいりますし、その成果の一部はCD・ROMやホームページで発表はしてまいります。デジタル処理により、多くの写真や文献が蘇ったり、長期間の保存がコンパクトに可能となってまいります。
先日も、中山様の写真資料をデジタル修正して処理をいたしましたら、中山久(七女)さんの琴の演奏風景で、背後にある屏風の文字までわかるようになりました。(写真参照)
今まで大切に保管されていた多くの資料はさらに、浅野家の一族にとりまして、過去を振り返るだけでなく、過去には誇りと、未来には結束とを促す象徴的なものとなると思います。そう思うたびに、私は、「今すぐにでも、」と、思う次第です。今の私にとりまして、陳腐化の原理がある以上、時間の経過は敵ですらあるように感じるほど、焦燥感があります。それというのも、デジタル化の威力と浅野家の一員であることのる自分をよく知っているのです。写真にとってあるからとか、ネガは持っているからといって、また、録画やカセットに音声どとってあるといってもデジタル化されていないそれらの物はやはり先ほどの歴史と時間による陳腐化の原理の対象でしかありません。我々は文面や内容にしか興味がないわけではないはずです。文字やの筆づかいそれ自身に歴史や文化を感ずるであろうと思います。その意味で、それらの現存する資料のデジタル化は陳腐化の悪影響から隔離できますし、可搬性を考えても効果は最大で唯一の方法であろうと思います。
また、デジタル化につきましては少なからず技術的要素がありますが、幸せなことに、その技術面におきまして、私は完全にカバーしております。浅野家の一族のには多くの文献があります。十代浅野吉郎右衛門は幕末に西洋医術を志すため長崎に出かけそこで一枚の写真を撮ってまいりました。原版は縦65mm×横50mmくらいの大きさで保存状態は最悪でしたが、やっとデジタル処理で左のように復元されております。また明治以後におきましても、釈迦塚出身の和田球氏が写真術を長崎で学ばれたおかげで、一族の良質な写真もあります。私が現代の写真術であるコンピュータの技術屋になったのも、浅野家の長い歴史の因縁めいたものすら感ずる次第です。
私は私が生まれて6カ月後に逝った父である浅野三郎について、全く知らないのです。知る手段がないのです。そこで、三郎の日記がありますので、それを読んでデジタル化をしようとしています。ところが、この日記ですら、先の陳腐化の原理が働いておりました。すなわち、かなり多くの万年筆で書かれた部分が、当時のインクの品質の悪さで、見えなくなってしまっていたのです。それでも、父の浅野三郎を資料に残す心の旅は、ともすれば、大変な郷愁と切なさのために精神的にまいりそうになります。今後、本物ではないがバーチャルな世界で本物にそっくりな資料として、多くの資料を数百年にわたり大切に保管してきたものを、一族、研究者に出来る物はオープンにまた出来ないものであっても資料として、陳腐化からまもるために、現在我々が持っているもっとも有効な手段がデジタル化であると思います。