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私の愛したパソコン達
ねぇ君達はTK-80、TRS-80、Lkit16,Pet2001をしってるか?パソコンはこの世に出てからわづかな期間しか経っていないけど、その発展は機能的に数百倍、数千倍、数万倍と幾何級数的に成長し歴史を塗り替えてきんだ。今まで黎明期から40台を越えるパソコンを所有し、現在年間60台080台のPCを組み立てLANやWANでシステムをつくりつづけている実績(「たいしたことないぜ!」という諸氏にはすなおに謝ります)から、私の気に入った奴や若干の思いでのあるパソコンをとりあげてみます。ちなみに隣の写真が現在の我が家で稼動しているシステムの一部(もう3台のノートパソコンがあるから)です。
我が家のパソコン達は自作ディスクトップが2台で
- ルーター兼ファイルサーバー& FireWall が自作のLinuxでHDDが60G×4の240Gでメモリーは512Mです。
- Windows98のほとんど映像や画像処理の機械です。
またノートパソコンは4台が稼動しています。
- IBM1124の最新のもので20GのHDDと192Mのメモリーで主にプログラム開発用です。IBM1124にはWindowsMEが載っていましたが、個人的にMEは好きじゃない!、そこで一度Windows2000にしたんだけど、192Mのメモリーじゃ心もとないので、Windows98にしました。ちなみに、HDDは2台目で、前のはそのまま、W2Kがのっています。近々40GのIBMのものに乗せ返るつもりです。
- IBM535EはLANやWanの実験の一部をになっていて常時稼動しています。
- PanasonicのCF-S22は娘にとられてしまいまして、毎日別の部屋でネットワークでLinuxにつながっています。
- IBM365XDはLinuxを搭載しています。すでにHDDやメモリーなどをいじってあります。
- DEC Digtal HiNote Ultra 2は私のもう一つの仕事のため夕方から深夜まで稼動しています。
HP200LX こいつぁ最高のお気に入りさ
HP200LXについての考えはNiftyフォーラムで活発な意見があるがその熱狂的な感情と共感を覚える。これは彼らの熱意が本来日本語対応でないこの機種を日本語化に導きさらに多くのファンを作りPH社も本腰をいれて日本市場に導入をはかったという歴史的PDAである95LXの後継機の後継機です。けどよぉ、つれないもんだぜHP社はこれを製造中止するんだってよ。気を取り直して、200LXの前には95LXと100LXとがあったわけです。でも性能デザインともほとんど変わりがないよな。この200LXは何と300gと言う軽量で単三電池2本で60時間も持つというすぐれものです。当然その分CPUのパワーが少なく今はやりのWindowsなぞ乗りゃしないがれっきとしたT互換機なんです。私の200LXは40Mのフラッシュカードを搭載している。使用分野はおもに通信ログをLHAで圧縮したファイルをMielでよむリーダーとしての使用と私の作成した辞書ソフトでの半自動翻訳などに使用しるんだわ。これが特につまらない会合などに義理で出席しなければならない時などには特に威力を発揮する。
そうさこいつがウルトラマン(IBM-TP110)
最近はどうもHP200LX以来PADにはまってしまって、Zaurusを購入し、さらに3年前にこれを購入してしまった。本体はYD0で4Mフラッシュとメインメモリーが4MでしかないがこれにTYPE3の340MのHDDをとりつけてBorlandC++をのせてモービルコンパイラマシンとして使用していた。バッテリー駆動も時間的にも納得できる水準で重さも(このクラスのパソコンでは特にこの重さが重要だと思う)600gと軽量だが、画面がDSTNと言うのがどうも気に入りやない。ぜひTFTであってほしいとおもう。こちらもNifutyのフォーラムで加熱ぎみのパソコンだった。画面で出ているソフトは私の作った「ローマ字っ君」と言う奴で、一種のキーボードトレーナーです。どうも日本語の入力でローマ字入力のトレーニングをするソフトがないので作ったんです。まだフリーソフトとして未発表のものです。一部ではとてもうけているんだが。こいつも今ではお蔵入りのPDAとなった。リブレットやVAiOやCASIOのFIVAなんかが出たんじゃ影が薄い。但し、今でも月に1度はこいつに電気をとうしてやるんです。
IBM ThinkPad 535最低限の改造をしようぜ
 実はこの535の前には230や530と言う名機がThinkPadシリーズにはあったが、私がこの535を取り上げるにはそれなりの理由がある。私は535シリーズを現在2台もっている。ソニーのVAIOなんかがはやりの現在でもビターなプログラマーにとって535シリーズは手放せない。535シリーズではいくつかの機種があるが最後の機種となった535XはグラフィックにNeoMagic社をつかっていてLinuxのXwindowはきれいにうつる。それ以外の無印535や535EなどではXWindowでは256色までで我慢しよう。勿論、MicrosoftのWindowsはOKです。私はMicrosoftしか使わないという優等生諸君にはこの話はなかったことにしてもらう。信心深いやつには無理な話です。535でもっとも簡単で効果的な改造といえばHDDの換装です。この535では単なるHDDの換装ではなくリムーバルHDDとすることが出来る。HDDは12.5mmのものがのるので今なら12GだってOKとなるわけです。IBMのパーツセンターでHDDベゼルが900円くらいで売っている。インターネットの紀伊乃国書店で申し込みが出来るんです。最近では私.1Gが秋葉原あたりで9800円くらいで売っているのでつかえる。換装方法についてはNiftyのフォーラムでさがせば十分な情報がえれるさ。ただ言いたいのはB5サイズノートでHDDのリムーバブルが出来るなんてTP535くらいだということです。勿論メーカー保証はすっとぶわけで、改造全般に言えることだがあくまでも自己責任でおこなうものだから良い子の僕達ではだめかもしれない。そのほかクロックアップやメモリーの増設。カメカメなんかの情報源としてNiftyのIBMNOTEフォラムは必須です。私はこいつに12GのHDDを搭載して、ISDNにつないで、Linuxのネットワークサーバーマシンに仕立てるつもりです。
Panasonic CF-S22
96M のメモリー、4.3GのHDD、MMX266のCPU、800×600のTFTのSVGAが標準使用なんで、これは納得。さらに私がこのマシンを選んだ最も大きな理由
DEC Digtal HiNote Ultra 2
現在主流の(というよりそれ以外はほとんどない)薄型ノートのきっかけを つくったノートパソコンです。16Mのメモリーとリチュームイオンバッテリー、10.4インチのSVGAのTFT私はこれを1年半おくれの1998年の4月に79800円て購入した。購入したときには398000の売価シールがくっついていた。ようは流通在庫ってやつです。デザインの美しさと国産品にはない頑丈さを感じる。79800ならまあいいかってやつです。私は基本的に少し前のノートが大好きです。液晶がDSTNであれTFTであれなんでもいい。なぜなら、個人的なファイルサーバーとしての使い方が結構多い。365日電源をいれっぱなしでも、たとえ停電が起こってもへたな無停電装置ほりはるかに長持ちでパワーマネージメントがきいているからファイル保護もばっちりです。無停電なんかせいぜい実働20030分です。ノートは最低1時間はもつ。ちょとした勇気と技術があればHDDの交換なんて浅めしまえです。それに今の薄型よりはまえのやつなら12.7mm厚の2.5インチHDDがつかえる。そのクラスだと10Gなんかが結構やすく入手できる。軽めのLinuxでXなんかはづしてほとんどをsambaであてればOKです。この機種のHDDの交換についての情報は筑波大学の坂元さんのページがバイブル的ですばらしい。
MZ2000と苦渋の思い出(優秀なソフトでも日の目をみないことだってある)
シャープのMZ2000はMZ80の延長上にあって64Kと2000BPSの電磁カセット、モノクロのCRTを標準装備したパソコンであたかもPET2001の日本版と言うべきいでたちだった。ただMZ80と同じくクリーンコンピューターが売りで、色々な言語もどき(Forth,Cobol,Fortran,Pascal等)をサポートしていて、これが言語マニアにはたまらなかったんだな。MZ80の系譜はMZ80B、MZ1200、MZ2000へと進化していった。私はその中で姫路basicと言うシャープのbasicを拡張したbasicを愛用していた。このMZ2000を実は1年遅れで10万円ほどで入手した。当時入社した会社には某大手のコンピューターメーカーのオフコンが営業管理部門で3人の女性を伴って鎮座ましましていた。20年前で2500万円もしたそうです。私はMZ2000でそのオフコンで出来る以上の プログラムを完成させてトップとその女性達ならびに幹部連中にみてもらった。「この上矢印キーを叩けば前日のデータ、右矢印キーを叩けば店がスクロールするのです。だから一々印刷する必要などないのです。」と説明してもわかってもらえなかった。彼らは10万のパソコンで2500万円もするコンピュータで出来ることがやれるわけがないと思っていたのか、それともその現実を見つめることが大損の証となることへの恐怖心からか絶対に現実を見とめようとはしなかった。私が数年をこつこつと誰にも習わず独学でプログラムの勉強をしていたことなぞ、認めたくなかったのかもしれなかった。そんな訳で私の最初の営業管理システムはこの会社では日の目を見るにいたらなかった。ようは高いカネを払ったものが価値があると時代を見る目のない経営者は思った。今でもそのような考えのある経営者によく会うことがある。経営は経営戦略の是非で大部分決定する。経営戦略とは時代にあわせる作戦のことである。で、私は苦渋をなめるはめになったが時をへて私の考えが正しかったことを証明するチャンスがきた時はそれら幹部を含め上層部は一新されてしまった。
音響カプラってしってるかい?
パソコン通信が始まったばかりのころ通信速度は今のように56000BPSなんてもんじゃなく、150や300BPSだった時代があったんです。そのころモデムも高価で、ハンダゴテで作ったりもしたものさ。これは受話器にこていして、通信する道具です。これでもカタログ値は最高9600BPSなんてあるが、実行で2400BPSまで動くつわものだ、日本以外の条件の悪い場所でも、ジャックがなくともOK。1997年8月に780円で購入。
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