What's New(浅野和夫)
20020930
今朝、LOGをみていたら、真島先生がご覧になったようでした。10月いっぱいまで、英国でしたね、それから、フランス、ドイツで帰国は来年3月末だそうですね。もしもお時間がとれましたら、メールでも下さい。本当に学者の方々は大変ですね。忙しさは半端でないのは友人からも聞いて知ってはいるつもりです。私も比べる事は出来ないかもしれませんが、ここ2週間結構忙しく(本業のシステム屋で)て、釈迦塚関連のことで、しなければならないものが後々になっています。サーバー4台でWEBや防火壁やDNSや色々立ち上げなければならないからです。私の会社でもようやくBフレッツの100M(実行速度は20Mくらい)が明日はいりますので、従来のADSLや社内LANの接続をやり直す事にとても時間がかかっています。それから、WEBを中心に基幹系システムを組替えるプロジェクトも動いています。定年前の大仕事となると思っております。
八:「そりゃ、寿司やだね、どうも」
テ:「俺の顔をわしづかみにして、生木をはぐように上下に動かすと思いねぇ。知っての通り、俺は確かに髪はそう濃くはないが、けなげにも其の分髭が濃いんだ。」読書の秋(2002/09/18)
「釈迦塚君、○○という本を読みましたか?、△△という作家には感動を覚えますよ」と、T.Oさんは言った。「恥ずかしながら、どちらも知りません。」と答えた。本当に始めて聞く名前だった。
T.Oさんとの付き合いは、私が20歳の生意気盛りの時だった。T.Oさんに始めてあった印象は、とても大きな人だと思った。それは外見でも、176cmの私より10cmは大きかっただけでなく、無骨な風体に似合わぬ優しさがにじみ出ていた。物凄いインテリであることが何も言わなくともわかった。私より、何歳年上か、今でもわからない。「私は29歳より年はとらないのですヨ」と言われるのが彼の口癖だった。彼の周りには私を含め10数人の若者が常に話を求めて集っていた。毎週日曜日には銀座の「さえぐさ画廊」の下の「パーラーサエグサ」で、
珈琲を飲んで、話をしていた。T.Oさんは、いつもアイスクリームをそこでは食べていた。私が知り合った時、T.Oさんは新聞配達をしていた。「私は会社勤めはできないんですよ」といっていた。どうしてそうなのか誰も聞かなかった。「私こそ、生きていて申し訳ありませんという男です。」とも言っていた。T.Oさんには多くの知り合いがいた。まだ学生の頃の大江健三郎氏にも会っていた。私は、ある日T.Oさんと一緒に深沢七郎氏の「ラブミー牧場」に、連れて行かれた。T.Oさんは深沢氏と、とても和やかに話をしていた。深沢氏はある新聞に「ラブミー牧場」というコラムをもっていて、数日後に私達のことが書いてあった。私が結婚後、一度尋ねてこられたことがあった。朝早く、寝床で、T.Oさんがブツブツ何かを言っているのを、朝食の仕度をしている妻がビックリして、私を起こした。私は「T.Oさんは時々ドイツ語で寝言をいうんだよ」と妻に教えてやったら、とても不思議なものを見るようにT.Oさんを妻は見ていた。私達貧乏学生5,6人のT.Oさんの取り巻きを、ある日、T.Oさんが誘って、軽井沢に行った。1泊2日で軽井沢周辺を歩きに歩いた。その時の写真はイメージスキャナで取り込んで常にノートパソコンで持ち歩いている。世田谷に下宿していた私はよく大家のオバさんに「あんた達が三億円事件を起こしたんじゃないかい?」といわれたものだ。軽井沢からの帰りの汽車の中で、私が笑いながら、軽井沢駅で配られた三億円事件のヘルメット姿の犯人の写真を摘んでいる写真は、そう言う意味もあって私の最もお気に入りの一つだ。
T.Oさんは「釈迦塚さん、最近は本を読んでいますか?」と続けて言った。私は、読んでいるとは言えなかった。そこで、目が覚めた。私は若輩者ゆえ、もっともっと勉強が足りないと思いました。
2002/09/14
さて、
古くなったPCの問題ですが、個人的にも会社でも毎月古くなった部品を取り変えていますので、数ヶ月すると古い部品だけでパソコンが、出来てしまいます。その時には、その古い部品の内、一部を増強する事により用途別に使えるシステムを作り上げます。例えば、インターネットからの不正進入を防ぐFireWall(防火壁)や、ネットワークをつなぐルーターというタイプのPCや、各種サーバーというタイプのPCです。さらにそれらに使用できないものは寄付したり、廃棄したりします。
私個人の古い部品で出来たパソコンはそれでもかなりの性能でして、それというのも取り換える部品は大抵高性能なものですのですから、我が家にこれ以上パソコンはおけませんので、友人にあげます。
現在、パソコンを自作することはさほど難しいことではありませんので皆様も挑戦されれば常に新しい性能を享受できると思います。マイコンといわれた当時はハンダゴテで組み立てた物ですが、現在はプラスティック模型よりは簡単なのではないでしょうか。本屋にもPC自作の手引書なども並んでおりますね。
私の会社では年間平均で50〜60台の使用済みのパソコンを廃棄しています。とは言いましても必要部品は取り出します。完動部品で取り出しても価値のあるものの順番は以下のとおりで、それ以外は廃棄対象となります。基本的には三年以上内部部品の交換をしないことはありません。
(0)カード類(PCIのカード)
音源は購入するマザーにもよりますが、とりあえずとっておきます
ネットワークカードについては100対応のものはとっておきます
Videoカードは4M以上のメモリーのものを取っておきます。メモリーの少ないものはとりあえず、Unix用でかんがえておりますので
テレビチュナ—は取り合えずとっておきます。
Mpegハードウエアエンコードカードは取っておきます。
(1)筐体(パソコンの本体の箱の部分)
現在はATX型の筐体なら取り合えずはとっておきます。
(2)本体電源
ATX型以上の電源で、使用期間が三年未満ならなら取っておきます。
(3)キーボード
問題がない限りとっておきます。
(4)マウス
問題がない限りとっておきます。
(5)ケーブル類(フラットケーブル、電源ケーブル)
RS232CやSCSI以外のケーブルはとっておきます。
(6)ベンチュレーション用ファン(冷却用のファン)
問題がなければ必ずとっておきます。
(7)メモリー
64Mはボーダーラインで出来れば128M以上ならとっておきます。
但し、我々が現在購入するのは512M以上のものです。
(8)HDD(ハードディスクドライブ)
10Gはボーダーラインで出来れば20G以上ならとっておきます。
但し、我々が現在購入するのは120G以上のものです。
(9)FDD(フロッピードライブ)
殆ど不用ですが稀にとる場合があります。
(10)CPU
クロックが500以上ならとっておきます。
購入最低条件はクロック1000以上のPen4かAthronです。
(11)マザーボード
CPUとメモリーが最低限の搭載可能なものはとっておきます。
現在私のスタッフで管理しておりますコンピューターは約400台余りです。その数は年々10%くらいの勢いで増加しています。一人一台のパソコンを目指しておりますがまだ、無理なようです。最も、今後のパソコンは会社の基幹系以外のコミュニケーション用としてはPDAになる可能性が高いと思っております。ネットワークやハードウエアの向上により、古いものを維持するほうが高コストとなってしまいます。私の会社では約100ヶ所くらいの営業所がありまして、大型の営業所には複数台のパソコンの導入が進んでおります。また、それらを結ぶネットワーク用のPC化も進んでおります。たとえ家庭内であってもPCの複数台をネットワークでつなぎそれらをインターネットにつなぐ事は1台の時と比べれば情報の共有化は比較になりません。この掲示板のようになるわけですね。
2002/09/12
私のキー入力のスピードは英文ですと1分間に180〜210ストロークで、日本語はローマ字入力で変換もしなければなりませんので、40文字〜50文字です。それから、殆ど思ったと同時に打ち込みますので、時間的には皆様が想像するよりたぶんはるかに早いと思います。今朝出勤途中で見た光景ですが、実りの秋は黄色と緑の織り成す錦絵みたいなものと思いました。それに、枯れ雄花が一面に咲いているところをとおってきますので、何となくほっとしてしまいます。そんな事を感じながら過ごしてきています。毎日出勤に片道45Kmを運転するのですが、その間、が私には大変大切な時間で、英会話のテープや、ビデオを見たりして、また車には2台の(------ここまでで約4分です。----------)コンピュータとビデオカメラとデジカメとテープレコーダを搭載しています。そこで、色々なマニュアルのプレゼンテーションをビデオカメラで自分を写しながら運転もしています。たぶん、他の人が見たら不気味でしょう。時間がないからというより、車の中で考えをまとめるのが好きなだけです。娘は喫茶店が大好きでして、喫茶店で毎日勉強しています。また、彼女はカラオケも大好きで、カラオケにはノートパソコンをもっていきまス。カラオケ装置の電源を抜いてパソコンの電源と入れ替えます。その上でノートパソコンでプログラムを組んだりレポートを作成したり、学会用の原稿を書いたりしています。そして、つかれるとカラオケを1,2曲歌ったりしています。夏は我が家ではクーラーが一部屋にしかありませんので、家族全員が集まり、集中力が途切れますので、カラオケが最高といっております。勿論フリータイムで最も安いところを探してあるそうです。
2002/09/10
私は、とってもコンピューターについてを教えるのは苦手なのです。私の書き込みについて、ご理解をいただくのは大変難しいと思っております。ほんのチョットした事を説明しようとすると、実は、物凄く長い文章になってしまいます。
車の運転について文章で解説する事ですら難しいのです。例えば坂道発進をする場合について文章ではブレーキとアクセルを適当に調整しながら、ハンドブレーキも合わせて操作して、発進して下さい。こんなことでは、坂道発進の経験者しかわかりません。それに、コンピューターの世界では「適当に調整して」なんて事はありえません。また、大変なことに、ブレーキやアクセルくらいの専門部品用語の数ではありません。
実は、私の部下の最初の仕事はシステムの社員教育の担当をさせる事なのです。その時は、私は部下に、「相手は小学生か幼稚園の生徒と思って教えてくれ」と指示しております。これはビデオプロジェクターや一人一台のパソコンを用意して、現実に動作させながら、身振り手振りで教える事をやって、さらに、「この部品は○○と言います。」「この動作は○○をすると言います。」などと言いながらトレーニングするわけです。そして、コンピューターの場合、日本語に翻訳できない概念が多すぎるのです。だから、コンピューター用語辞典などや、マニュアルで調べるとかえって解らなくなってしまいます。ですので、実際は、皆様にお会いして身振り手振りで操作をしまがら、憶えていただくのが一番の近道かもしれませんね。
私がパソコンを始めた頃は詳しい資料が全く出版されていませんでした。コンピューターの資料(プログラミング言語やハードウエアなどの)は全て大型汎用コンピューター(メインフレーム)のものでした。また、パソコンについて知っている人も殆どいない時代でした。そこで、勉強するためには本の輸入から始めました。概念も専門用語もたとえ日本語でもわからなかった私が字引片手に数十冊の洋書で勉強をしました。若かったんですね。ちなみに、その頃は喫茶店のマスターをしていました。
今は、日米で殆ど同時に専門書も初心者用の解説書も出版されますし、ビジュアルな解説もインターネットのサイトで数多くあります。
以上のような理由と独学のみでマスターしてきた私の説明は絶対にわかりにくいことは完全に本人は理解しているのです。しかし、これでも、私の中では解りやすい説明なんですよねぇ。こんな説明を覚悟してこのコラムを読んでくださいね。
2002/09/09
私の一日の一部を紹介。毎日100Kmくらいの運転です。帰宅後、メールが一日約80通、返事の必要なものが約20通。それから、私が管理しているホームページの更新やログ解析をします。我が家にはディスクトップパソコンが3台ノートパソコンが4台が常時稼動しています。ディスクトップパソコンは全て自作したものですが、その内2台はサーバーです。インターネットには全てのパソコンがサーバー経由でアクセスできます。ホームページは自宅のサーバーの中にあるのですが、容量は個人ユースとしては巨大です。Webサーバーはメモリー1GBでHDDは480Gで、勿論ファイルサーバーもかねています。まあ、一部大学関係の方々に開放している部分がありますので、そんなに大きいのです。ネットの回線はADSLの8Mで、基地局に近いせいか最大スループットは6.2Mも出ます。わかりにくい専門用語ですが、大体がインターネットはブロードバンドで楽しんでいます。それから、2,3日前にMicrosoftが鳴り物入りで開発している開発コードがコロナのMediaPlayer9のBeta版をアメリカのMicrosoftからダウンロードしました。ところが、Windows2000との相性はあまりよくありません。特にストリーム配信の映像表示は最初の画面のみで音声しか出ませんでした。ところが、Windows98については殆どアナウンスメントの内容のとおりのパフォーマンスを発揮する事が出来ました。PentiumⅢの500MH以上でそこそこのメモリーを積んでいますと感動です。音声はDVDの5.1チャンネルよりも高音質で、画像もDVD並みです。何よりも、再生途中のジャムリでいらつくことが無くなりました。すばらしい技術なので、これについてはゲイツ氏に一票。
もし、皆さんの中で、コンピュータでのマルチメディアを楽しまれている方がおられるなら、MediaPlayer9はイケマスぞ!
個人的にはネットミーティングにもこの技術が応用される事を祈っています。XPには力を入れているMicroSoftですがXPは納得できるパフォーマンスが出ていないので、私は評価していません。ですから、NetMeetingには対応をしてもらうといいんですがね。それからMediaPlayer9はあくまでもBeta版でして、本物は年末までにダウンロード可能であると思いますが、MicroSoftにはめずらしくBeta版でも完成度が高いのでお勧めです。本当に良いので紹介しました。
MediaPlayerのVersion9へのアップブレードについて
(A)まず、Windows98SEである事を確認して下さい。XPについては前回のスレッドで申しましたようにOS自体を持っていませんので評価しておりません。Windows95はだめだと思います。WindowsMEはもっておりますが、中途半端なOSで嫌いなので評価しておりません。Windows2000については我が家ではだめでした。つまり、現時点で私の試して成功したのはWindows98SEです。
(B)現時点で以下のURLです。デフォルトがたぶん日本でしょうからここを探すのは難しいかもしれませんね。
http://www.microsoft.com/windows/windowsmedia/download/default.asp
このURLサイトは英語ですが、3つのフルダウンテキストボックスを操作しなくともページをスクロールダウンさせると、XPは8657KB、Windows98は12256KBでありますので、ボタンをクリックしてダウンロードして下さい。先ほどの音楽の問題は解決されるでしょう。ただし、ハード的に特殊なもので無く音源ボードはありますね。(SoundBlusterのコンパチでもOKです。)ただし、ADSLなどのブロードバンドでしたらさほど時間は気になりませんが、ナローバンドですと時間がかかると思いますので、覚悟がいります。ダウンロード先はディスクトップがよろしいと思います。ダウンロード終了しましたら。ディスクトップ上のアイコンをクリックして下さい。インストーラーが勝手に起動して、コチョコチョ動きます。まあ、ライセンスやセキュリティについての承諾をすれば問題はないと思います。最後に再起動がされ、ファイルの再編が自動的におこなわれると思います。
2002/09/07
ある方へのメールより
私は中学や高校の夏休みによく京都に遊びに行っていました。オジの家に長逗留を許されていましたのです。中学の時に京都大学を案内してもらう事がありました。広大な敷地に汚い木造の建物があちこちにありました。ある一つの体育館のような木造建造物に入ったら、とてつもなく大きな機械というより造形物がありました。案内してくれたのは私のイトコにあたりまして、伯父が当時その大学の教授をやっていました。そこで、私は変な優しそうなオジさんに頭を撫でてもらいました。その人がこられただけでイトコは大変緊張しておりました。後にその方が湯川博士である事を知らされました。
イトコは博士の研究室にいたのですが、「どうしてあなたの頭をなでてくださったのかしら」といっていました。ああ、それから、イトコは女性です。当時私は色々な事情からとても暗い少年だったと思います。イトコのもった疑問はありますが、その事は余り言ったことはないのですが、今考えれば、あの大学にいる理系の方々は殆どオカシイ人達だと思います。父も戦前いろいろな高校や大学で教えておりました。弱弱しいくせに無茶な人で、すぐ喧嘩をして止めてしまいました。
息子さまの言われるように、「時代を変えるのはお宅だ。」とも思います。しかし、おっしゃられるほどの意味ではなく、私も「オタク」だとおもいます。何事にもとらわれず、集中して異常な熱心さで事にあたる者が「オタク」なら、そうありたいと思ってもいます。最も、世間的には「オタク」=「ヘンタイ」みたいですね。逆説的に私は最も「オタク」に憧れ尊敬している意味では御子息と同じであると思います。私の娘もそんな一人です。かねがね、○○式数学などといって、子供に一時間で幾つの簡単な問題が解けるかを大事としている塾みたいなものがありますが、私は3日かかって一問も解けない子供を尊敬します。3日間も集中できる能力がすごいと思うのです。娘はもう、はるかに私の理解し難い数学を夜中に目覚めて「わかった!」などといってコンピューターにうちこんだりしています。その時、私は、「俺は孫の顔はみれないな」って思います。
2002/09/05
ダイナミックDNSに対応致しましたので、ブックマークを変更して下さい。
釈迦塚歴史考の新しいURLは以下の通りです。
2002/09/04
我が家には3台のディスクトップがある。1台はWEBサーバであり、マスカレードでインターネットルーターとして接続されているPCの全てがインターネット出来る様になっている。また、回線はADSLの8Mであり、実質5Mをたたき出してはいる。次に、Athron700の載ったLinuxとWindowws98のマルチブートの機械がある。先のバックアップ用として、また娘のシュミレーションのデータの作成用としてLinuxを使用し、Windows98は単にインターネット接続かDVDを見るためだけに使用している。最後にWindows2000で使用している物で、ほとんど、映像処理用として使用している。ところがだ!このWindows2000用の機械が突然「パツッ!」という音と共にこけたのが8月の20日であった。私も自作で200台以上のパソコンを作っているし、たいていの壊れ方を知っているが、今回のこけ方は始めてだった。通電はされているようで、DVDドライブの開け閉めは出来る。しかし、BOISには至らない。過去の経験から、考えられるトラブル要因は
のどれかか、複合であろうと思えた。ところが、会社では基本的にIntelが中心なので、Athronのマザー環境がないのである。仕方なくMotherだけ17800円で購入(ASUSのA7S333でクロックをいじりは楽しめそうだが、私はクロックマニアではない。単に、付属のVideoCardも欲しかっただけ)し、チェックを始めた。原因はなんて事のない電源がいかれたものだった。電源についてはかなり自分としては高価でしっかりしたものを載せていたのでショックだった。一見大丈夫のように見えた電源も必要量を供給できずにCPUが立ちあがらなかったように思えた。余ったMotherはどうしようかと迷っている。取り合えず来月にでもAthron2100くらいのものを購入し、Athron700をお蔵入りにしてしまおうかと思っている。またまた、散財をしてしまいそうだ。
最近、会社では3台のDellの最も安価なサーバーを3購入した。HDDが80GでOS無し、CPUはCeleron1.1Gで69800円ですが、その作りの完成度は絶対にナンバーワンだろう。他のメーカーも競合すると完全り降りてしまうのは当然だ。長期にわたって運用できる信頼をもたせるベンチュレーションや騒音はしっかり抑えてある頑丈な筐体。これで69800円か?と思わせる。もちろん、メモリーは追加の必要がある。現在は512MのSDRAMは8000円以下なんだから、1Gのメモリーを積んでもプラス16000円だ。あとは、Linuxを載せるだけだ。そういえば、RedHatも7.3になって、何となくDebianの良いところをパクッたような感じがした。緩衝帯を間に入れたFireWallを交えたWebとFileのServerを作る予定である。取り合えずBフレッツの運用でシステムは作られる予定。
2002/08/30
最近とてもアクセスアカウントがあがっております。やはり、古文書と真島先生、淡路さん、淺原さんの研究のページへのアクセスが多いようです。8月の末だというのにめちゃくちゃ暑い。もうすぐ近郊では稲刈りが始まります。私は麦わらの「わら焼き」による煙で毎年ひどいアレルギー症状を発します。
2002/08/28
真島先生より17日の虫干に出席された後に書かれました資料の内、一部分をお願いして”「釈迦塚の祖先捜しから寺本家家筋まで」補遺として掲載させていただきました。「釈迦塚の祖先捜しから寺本家家筋まで」と合わせてご一読下さい。この「釈迦塚歴史考」の中で最も人気のある歴史スポットです。
2002/08/19
8月17日は例年どおり釈迦塚の古文書などの歴史資料の虫干しに参加することができました。参加者は昨年と同じメンバーでした。昨年と同じように新たな世代の登場を待望することがありました。釈迦塚の文化遺産は歴史的にこの近郷では稀に体系的に揃っています。ただし、やはり、継承するのは大変な作業で、その内に灰塵に帰すかもしれません。私は「陳腐化にどう対応するか」で述べましたように、ハード的な歴史資料の陳腐化にたいしてはデジタル化で対応できると信じております。しかし、この釈迦塚でもありますように、文化遺産保護の継承は行政だけの仕事ではありえません。その継承は現実的には地域の努力によるところが大であろうと思います。もし、その継承が途絶えましたら、文化遺産はデジタル化の論理より簡単に陳腐化してしまいます。真島先生は1996年以来毎年参加されております。当日も東京から、朝一番の新幹線で、また帰りは最終新幹線でのスケジュールでした。また、先生は今年の9月1日より、イギリス、フランス、ドイツとまわられ、来年の3月末まで外国に滞在とのことでした。今後の連絡はメールが中心になろうかと思います。各国で短期集中セミナーでもされるのでしょうか?お帰りにはまたビッグになられていることでしょう。期待致しております。
2002/07/08
最近更新が進んでおりません。手前勝手の事ですが、仕事と家庭の個人的な事がとても忙しくって、中々、集中的に釈迦塚関
連についての研究も進んでおりません。古文書についての勉強もここ2ヶ月くらい全く本すらも見れない状況です。最近購入したグッズで気に入ったものを紹介します。NTTのeggyというモバイルツールです。私は、5月の米国視察ではCanonのPowerShotGをもっていきました。デジカメとしての性能は文句がありません。実は、わずか渡米の1月前までは全くデジカメとしてしか利用していませんでした。しかし、30秒間だけMpeg4の録画ができることにきがつき、それ以後は米国にあってもMpeg4の動画を使うのが主になりました。CFも256Mありますと、30秒の動画を約35〜40カットもとれます。しかし、30秒の制約はやはり厳しく感じました。せめて3分〜10分連続できればと思いました。そんな時にネットでeggyの話題に目を奪われました。eggyについては発売以前から知ってはいましたが、さしたる興味がありませんでした。eggyはCFタイプのPHPで現在もムー場のような動画サービスをNTTがめざした物でした。悪趣味(?)なデザインが不評だったのか性能の割に市場評価は最悪で製造中止になったようです。mpeg4のエンコードとデコードのエンジン及びハードはSharp製で、Sharpのものですと3万以上もしますが、私はこの新品のeggyを9000で入手しました。eggyの通信機能やそれにつらなる絵描きや文字入力機能などは全く無視して、Mpeg4機能だけで使用しています。320x240のファインで64MのCFでやく20分の録画が出来ます。最大搭載可能CFは192Mまでで、これですと、60分までです。勿論、画面サイズをちさくすれば数時間の動画の録画が可能なのです。ちょっとホレタ一品です。
2002/06/19
昨日は日本がワールドカップで負けてしまいまして、にわかサポーターとなった我家族はがっくりです。つまらなくなったので、現在の我が家のコンピューターシステムを説明したストリームを作成しました。まあ、散財自慢です。思い見れば50台以上のパソコンを購入したのですから、大変な散財です。越天庵の散財は桁が違いますが、結局、道楽が本業になったのだからOKと考えれば気が楽になります。このストリームで説明しているのは結構重要な3台のディスクトップです。その他に3台のノートパソコンが我が家では稼動しています。PDAもZaurusを2台、HP200LXも使用しています。退役していて、愛着があって分解や、ゴミにしないで手元においてあるのがTK80とThikPad110とDigitalHiNoteとNEC8001mk2です。それ以外のノートパソコンやディスクトップなどは、売ったり、下取りに出したり、壊したりしました。10分くらいの説明で登場するディスクトップパソコンは全て、自作機です。(56Kのモデム)(200KのxDSL)
勿論、MediaPlayerの7が必要です。映像コンテンツの所でダウンロードできます。
2002/06/17
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新潟県の県境に近いところに津南という場所があります。名水龍ケ窪という案内看板につれられて国道から数キロ入ります。駐車場から小路を数百メートル歩いていくと水の流れに出会います。これが、私が経験した中で最も透明度の高い水の流れです。全ての水底が見えるのです。幾人かの人が水を汲んでいました。そこで、ペットボトルに水を入れてもらいました。この、水がともかく冷たい。雪解け水なのか?、そして、さすがに名水と言われるだけのことはあります。仕事がら色々なミネラルウオーターやいわゆる名水を飲む事もありますが、これが、最高です。それに、日曜でも人が少ない。私のこのホームページは県外の常連者がおおいのでたいした威力はないので、書きました。そうでなければ人に知らせたくない場所です。 水汲み場の上には龍王大権現の社があります。ここからの眺めは絶景です。アメリカから帰国後体調不良がつづいたのですが、この水のおかげで、気分が壮快となる予感が致します。私の住んでいる地域の水道もそんなに悪くはないのですが、間違いなく、ここの水は水道ではありえません。効力のある水だと思えます。科学的ではないかもしれませんが、僅かに残された私の動物としての本能がそう思わせるように感じます。まあ、成分分析をすればミネラルを中心とした養分が多いかもしれません。とかく名水といわれるものには雑菌が多く繁殖しています。人間にとってうまい水は動物や昆虫にとってもうまいわけで、それらを通して雑菌が混ざるのだそうです。しかし、ここの水はあまりに冷たく(自販機やコンビニで冷やされているものより冷たい)、雑菌は繁殖出来ないと思います。土地の人が半年経っても腐らない水だといっていました。
龍ヶ窪自然環境保全地域の案内板の内容
本地域は、河岸段丘地にあり、湧水池”龍ヶ窪”を中心とする面積8.36ヘクタールの地域である。龍ヶ窪は水源が湧水
| 冷たく清い水の流れ | これだけの透明度は始めて | 水は大量に流れ出ています |
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で、季節による水温差が少なく、また水量が豊富なため、旱天でも涸れる事がないといわれている。この池には、本県では少ないカワマスが繁殖するが、これを含め池は昔から神域として保存されており、常に良好な湖沼の自然を保っている。また池の周囲の森林は、針葉樹、広葉樹と林相が変化に富んでおり、本地域には野鳥など多数の動物が棲息する。このようなすぐれた自然環境を維持する為、新潟県自然環境保全地域に指定し、保全する。
昭和49年7月9日 新潟県・津南町
2002/06/01
昨日韓国で日韓共同のワールドカップが開催されましたが、日本国内の初戦となる「アイルランド対カメルーン」の戦いが新潟スタジアムで本日の午後3時よりキックオフとなります。実は私の職場はこのスタジアムから1Kmくらいの近距離にあり、その職場まで、45Km運転して到着するのですが、AM7時にスタジアムの前を通過しましたら、すでに気の早いサポーターが到着しておりました。新潟スタジアムの昼と夜の写真を載せておきます。
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2002/05/25
アメリカには9日間いたのですが、帰ってきてから、喘息に襲われ2日間点滴を受けました。やっと、最近,仕事モードになってきました。米国ではスーパーマーケットを中心に流通業の見学と講義が中心で,娯楽は全くありませんでした。そのなかでも、カリフォルニアのワイナリーでオーパスワンの見学は隅々までリーズナブルで、徹底したこだわりに感動しました。
アメリカから帰ってきて、以前からやりたかった事に挑戦しています。英語のページを作ることです。TOPページから英語と日本語を選択できるようにしたのですが,それから先がうまく行きません。とりあえず、管理者のページの英文化をし始めております。現在、淺原氏の「歌麿と越後に関する調査報告(続)」の1/3くらいを英文に出来ていますが、和文英訳は自信が有りません。英会話ですと、相手がいるので、さほど問題無く出来るのですが,文章となると、文法をほとんど忘れているので,雰囲気で書いています。ところが、淺原氏の論文を説明するのは越天庵と歌麿や鹿都部真顔のつながりを紹介するのは比較的楽なのですが、いったん狂歌の内容に入ると、どうしても日本語の「あや」を説明する事は不可能であろうと思います。こんな分化の説明を外国語で出来るのだろうか?と疑問を感じながら、もともと、厚顔無恥な私のことですから、何とかやりたいと思います。もしも英語での文献があったり、協力してくださる方がいらっしゃれば、ぜひ、ご連絡下さい。出来あがったところから、徐々に確認をしていただいて発表させていただきたいと思います。
2002/03/06
淡路久雄氏の「釈迦塚町歴史略年表」を掲載しました。とりあえず「トピック」のトップにリンクが張られています。近日中に淡路氏のページに挿入いたします。
ここ2日間モーフィングにはまっています。十代の写真を含め世代の違う五人の写真をモーフィングで映像化してみました。3人は明治以前の生れで後は明治と昭和の生まれが一人ずつです。ご覧下さい。(56Kのモデム)(100KのxDSL)
勿論、MediaPlayerの7が必要です。映像コンテンツの所でダウンロードできます。
2002/03/05
またBackUpサーバーでの運用です。現在、防火壁とsshの点検をしています。本日、淡路さんから、釈迦塚歴史年表が届きました。私も、寺本の時代の年表を作成していましたので、まず、淡路さんの方からページに乗せていきたいと思います。どうも、sshでのemacs操作がうまく出来ませんので、文字の修正がままなりません。家に帰ったら細かく修正いたします。また、現在、三代の由緒書にでてくる譜代の村民の訴訟の文面の翻訳をしております。これらは既に淡路さんにより翻訳されていますが、個人的な勉強としての作業です。これにつきましても古文書入門で取り上げたいと思います。
2002/02/25
本日定期WebサーバーのメンテナンスのためBackUP用のサーバーで運用していますので掲示板はつかえません。
2002/02/23
映像資料をMediaPlayer用にMPEGファイルを変換し、56Kと300Kでの配信をするようにしました。近々いま一つ、2001年11月に大雲寺に伺ったときに撮影した「大運寺と茶室」についても配信をする予定でおります。会社でも我が家のWebサーバー同様にFireWallをやっと構築し、イントラネットの実験運用を本日より開始しました。昨夜は約1時間の睡眠でしたので、今はとても眠いので、この辺で終了します。
2002/02/17
やっとバレンタインの馬鹿騒ぎが終了して(と、云う自分が情けない?)、世間も落ち着きを取り戻しつつあります。ま
だまだ、高校や大学の受験などがあり,せわしないのですが,不況は私の業界でも深刻です。私の自宅の部屋は三畳しかないのですが、本が足元から天井まで在り、またディスクトップ型のパソコンが三台にノートパソコンが三台も含まれているので脚の踏み場も無い状態です。でも、会社でシステム開発をやるより、断然効率がよいのです。デスクトップは同然自作ですし、ノートもすべて、改造済みです。取りあえず,先日購入したCPUを載せたものはWindows2000を載せてしまいました。ただDDRの512Mのメモリーではこのお化けのようなOSでは完全なパフォーマンスを引き出すには至りません。Noteの2台はWindows98でNoteの一台はFreeBsdです。DeskTopの残りの2台はLinuxです。で、右の写真にDeskTopとノートの各三台づつ、つまり六台のパソコンがあるなんてわからないでしょう。このほかに2台のノートパソコンが別室にありますが、すべてLANで接続されています。この環境でのシステム開発は会社でのそれより、はるかに効率的なので、どうしても2ヵ所で仕事をしてしまう事になります。結果的に働きすぎに成ってしまう。
2002/02/10
TOP−PAGEのデザインを変更してみました。イメージ的には浅野家を考えたのですが、どうでしょうか?
それに淺原雄吉氏のページを更新しました。氏の論文を掲載しました。とても長いので、苦労しました。それに、氏の論文は縦書きのイメージですので、何も考えずに無理やり縦書きにしたものですから、括弧や横棒がめちゃくちゃで見るに絶えません。でも、その内直そうと思っています。取りあえずアップしてあります。近々古文書も掲載します。こちらはすでに出来上がっていますので、4,5日後には掲載の予定です。取りあえずここをクリックしてください。古文書の原文をクリックすると、解説ページにジャンプするように仕掛けました。ご感想がありましたらご連絡下さい。現在この古文書のページはここ以外ではつながっておりません。読まれた方はラッキーです。
最近は何かとてもつまらない事で忙しく、そのくせじっとしていられない性分なので、結構睡眠不測です。映像処理専門のパソコンを改造しました。2年間CPUをアップグレードしないと、やはり見劣りがします。CPUをAthlon700からAthlon1.7G XPにしました。当然Motherは取り替え、またMemoryだって以前はSDIMを1Gもつんでいたのですが,DDRの512Mとなりました。DVD−RAMを追加しました。もともと取り付けてある装置としてはHDDが120G×3とDVD-ROM、CD/RW、Mpeg2ハードウエアエンコーダーのビデオキャプチャーボード、ドルビー5.1サウンドボード、TVキャプチャーなどです。 この本体にイメージスキャナーと液晶ディスプレー、5+1のスピーカー、MOドライブが付属していましたので,それらを全部乗せ変えました。それでもMotherとCPU、Memoryがあまります。使用していないHDDが4個くらい転がっていますので,60GのHDDとして組み合わせて、新たに旧品のみで1台作りました。明日は代休なので、LinuxでFireWallを少しましに作ってみようと思います。ディストリビューションをどこに使用かと迷っています。最初のLinux(7年前)はSlackWareでしたが、そのご、PlamoやVine、MLD4、RedHatなどで運用してきました。現在は赤帽系のLASER5ですが、なんとなくストールマンさんに敬意をはらってDebianのいいなぁと思ったりしています。どうせ、FireWallにするわけですから、ReCompileしなければなりません。だから、どこでも言い訳です。FireWallとWebサーバーを分けてしまうつもりです。(「当然でしょ」って云われりゃ仕方が無い。)。それから、こんなマイナーなサイトはほとんど我々関係者数人を除いて誰も見ていないと思っておりましたが、最近メールが増えてきました。アカウントのLOGを久々チェックしたら、いろんな方面から見にきていられるのにびっくりしました。そう云えば、最近メールの中に2〜3通の広告のバナーを付けてくれないかとの以来もありました。不思議ですね。
2002/01/24
あまり大げさではなく管理者の頁を更新しました。その中でプログラム・ハードボイルドのページを設けました。結構プログラムに自信のある人向けのページで以前管理者がUnderGroundでプログラミングの鉄人的なマニアックなホームページを運営していたことがあるのですが、その時結構アクセスの多かったプログラム問題集です。ただ、釈迦塚歴史考とはあまり関係がないので、アクセスは無いと思いますが、自分自信のプログラミングのスキルアップのためでもありますので,全く自己満足的なものです。
2002/01/21
代休日。昨夜は丑三つ過ぎ(厳密には今朝方)に就寝しました。以前から持っているPanasonicのLet'sNoteCF-S22のハードディスクを増設していろいろな設定を行っていたらそんな時間になってしまった。もともとこのノートパソコンは4.3GのHDDしか持っていなかったのを1999年10月14日に12Gのハードディスクに換装したのでありました。しかし、昨年末に今はメインノートとなっているIBMのThinkPadi1124を40Gにしたので20GのHDDがあまったことで今回決意し、取り替えることにしたのです。当然四年前のノートパソコンなので、Biosに8Gの壁があるが、IBM-DM.exeという「Biosだまし」で20GフラットでCドライブとすることが可能でした。もろもろの設定で三日がかりでの換装しました。とりあえずは娘のノートパソコンにするつもりです。現在娘は往年の名機IBM-TP535を使用しているのですが、これも、かなり苦労したのですが、6Gしか載っていません。最近は窮屈となったので、ちょうどいい機会だとおもいました。535は場合によってはLinuxにしたて、無停電Web兼ルーターにでも仕立てようかと今は思っています。 午後、淡路氏を尋ね釈迦塚に出向く。武田さんも顔をだす。実は寺本家からの古文書の一部の文字の解読ができなかったので、淡路氏の手助けをお願いするためです。古文書解読の半年のキャリアの私ではこのへんが限界であるとおもえたのです。やはり、私がわからなかった大部分の文字については即座に解読していただいた。この古文書は昨年6月に現浅野十五代のお宅で発見されデジタル処理したものを私が持ち帰らせていただいたものです。天保八年は1837年で、少なくともそれ以後に書かれたものであることがはっきりしております。明治まで後30年弱のこの時まで確実に浅野家とつながりが有った証拠の文献です。ともすれば、家系についての文書は後に創作されたものが多いわけで、浅野家のそれも、かくいう私も真島先生の御努力が無ければ眉につばをしながら斜にかまえてみていたと思います。私がこのようにのめりこむ切っ掛けとなった真島先生の寺本忠吉の五輪塔発見は釈迦塚の過去の歴史の中で特筆する出来事であったとかねがね思っておりました。そのことを淡路氏に話したら「私もそう思っていた。せいぜい、坂井砦以後については正しいと思っていたし、それ以前は当てにならないと最初から思っていた。」とのことでした。やはり真島先生は基本的に数学の教授であり、歴史の専門で無かったことと、何よりもご先祖が釈迦塚の出身で有られた事が、浅野以前まで歴史を伸ばすことができたのだと勝手ながら思いました。そして、昨年、十五代が家でこの寺本からの書状を発見されたことで、幕末の、寺本と浅野の関係が明らかになったのです。古文書の初心者にとって本日は冬とは云え収穫大豊作というべきでした。
2002/01/19
実にあっという間に時は流れてしまいます。寺本家が浅野家に当てた寺本家家督相続をしたためた手紙の古文書を解読中です。僅か二枚の短いものですが、書体の癖が多く7割についてはすぐにわかったのですが、残りは一字一字について文書の解説書の見本を総当りで探していきます。それでも、難解なものが多く、四苦八苦の連続です。「金堂霊像略縁記」についての解読はそう難しくなく進んでおりますが、歴史的背景との付け合せを一々やっております。特に、不忠の代名詞ともなっている松永秀久についての興味もあり横道にそれております。そのうち、十五代の許可の基に一部を発表できればと考えております。
2002/01/14
本日は娑婆では成人の日などというものだった。また、例年どおり恒例となった新成人の無礼で無法なしぐさが話題となるであろう。私の時は成人の日を忘れていた。祭日であっても大学にいなければならなかったので帰りに同年代の華やいだ若者をみて、「あっ、俺も成人式だった」と思った。年末に、IBMのThinkPad1124のHDDを流体軸の40Gに交換した目的は「ともかく情報を載せたい。」だった。本日、CD-ROM版「エンカルタ」をHDDにすべて投入した。情報系のデータと開発環境は単にVBとC++Builderだけだ。それで、20Gを超えた。でも、これが幸せ。越天庵の狂歌をよんでいた。結構充実した一日だった。昨夜、カイロ、アメリカ、日本を結んでの若者の同時テロとアフガンについてのディスカッションをNHKでやっていた。大江健三郎がいた。日本人を除いた外人の若者の発言は一部教条的なものが米国至上主義者にいたように思えたが、イスラムの若者の発言にはその懐と情けの深さに感銘した。私の頃、新宿騒乱事件、王子野戦病院反対、ベトナム反戦などが叫ばれていて、中途半端が認められない時代だった。私は20歳の年、大江健三郎や高橋一巳を読んでいた。何かすべて面白くなくて、留年を決意し半年以上に渡り日本を自転車で走り回った。当時は一桁の番号の国道を除いては完全に舗装されていた道路は無かった。もちろん、高速道路もなかった。時には駅で、また、寺院で、ユースホステルで寝ながら、昼は雨でも走った。そして、何となくそんな体験が単純に自身に転化して、勉強に向かわせた、そんな新年開始早々の成人式の日、あまりに自分と関係ない同年代の若者を見て、違和感を感じたのと異質では有るが毎年、この日違和感は増幅する。大声で何かを叫びたいが、気管支があたかも意思あるもののごとくゼイゼイして、妨害する。明日は停電があるため十台以上のサーバーの電源処理の必要がある。そろそろ今日は眠るとする。
2002/01/13
リンクのページを更新しました。新たに「歴史フォーラム」と「江州侍」の両サイトを登録させていただきました。金銅霊像略縁記の研究では三代の由緒書と異なる点が多くあります。また、由緒書の裏付けとなるものや、以前も述べましたように真島氏の仮説が正しかったことを証明する文面もあります。十五代の許可をもらえたら徐々に発表もさせていただきます。
2002/01/12
やあ、新しい年となってしまいました。最近は新年が冥土の旅の一里塚でめでたくもあり、めでたくもなし。という気持ちになる年齢です。今年に入りとりあえず立て続けに悪いこと(よい事なのかもしれない)がありました。私はサラリーマンの傍ら副業で、時間制の小さな有料駐車場を経営していますが、冬の雪対策として、消雪のための井戸があります。その井戸が水をくみ上げれなくなってしまった事。そして、七日に猛吹雪と濃霧のため、車で毎日片道45Kを運転しているのですが、道に迷い倍くらい走り会社に遅刻したこと。信じられないでしょうね、毎日通っている道に迷う何て事が。でもそれが雪国。そして、十日には通勤中にスピンして路肩にはみ出し動けなくなってJAFを呼んだこと。等です。まあ考え方ではそれでも無傷だったので、運がよかったのかもしれません。そして、11日にはだめだと思っていた井戸が職人の手で復活したことです。これはラッキーでした。井戸を新たに掘れば数百万円の出費となるのですから。最近の釈迦塚研究は金銅霊像略縁記の翻訳とその他の資料との比較をやっています。