
2001年1月26日 大雲寺紀行 浅野和夫
京都は大学の頃まで休みを利用してよく訪ねた土地ですが、今回行ってみてあまりの変貌に驚嘆いたしました。駅ビルはほとんどSFの世界で遥か上空までエスカレータをのり換えていかなければなりません。天井は100mもありそうな気持ちさえいたします。空中回廊があります。あれほど問題となった京都タワービルがくすんで見えてしまいました。さて、私は2001年1月26日新潟県三条市から特急雷鳥でPM2時頃にこの京都駅についたわけです。娘とは近鉄高ノ原駅でPM7時に会うことになっていましたので、それまでの間で大雲寺を探しておこうと思いました。御茶ノ水女子大の真島教授にメールを出しておきまして、京阪深草駅徒歩で10分くらいとの情報をえておりましたので、京阪電鉄を探したのですが、京都駅にはありません。方法としてはJR奈良線で京都の次の東福寺で京阪に乗り換えることが出来ることを駅員から聞きまして、早速そのようにいたしました。東福寺は一般に京都や奈良などの古い都市の最寄駅同様に小さくのんびりとした雰囲気があります。この点が関東のそれらとは違い個人的には関西の古都が好きである所以のひとつです。東福寺から京阪深草駅までは10分くらいです。さて深草駅におりて、宝塔寺をめざします。これも観光地の常として、名所の情報はいたるところにあるので、簡単に宝塔寺への駅からの出口はわかります。案内の看板がいたるところにありますので、それを目当てに動けば間違いないでしょう。PM7時の待ち合わせにはたっぷり時間がありますので、じっくり周りを観
察しながら歩きました。ここは伏見の深草、昔の人にとっては京からは遠く離れた地です。宝塔寺は今でこそ法華ですが、藤原氏の極楽寺の時は真言でした。この土地いったいは極楽寺と呼ばれていたほど宝塔寺はこの界隈では知しらぬ人はいなかったわけですし、そんなところに寺本氏は平城をかまえ、代々すごしていたのかと考えながら案内の標識をまた見つけながら進みました。JRの踏み切りをすぎての四つ角で案内掲示を発見することができませんでしたので、丁度、犬(ゴールデンリトリバー種)を散歩させている30代後半の女性にうかがいますと右手に曲がれば4,5分で左手に宝塔寺が見えるとの事でした。インターネットで既に宝塔寺の情報は集めておいた中に、歴史的なことはさておいて、現在宝塔寺は修復の工事中とのことでした。そのせいかはわかりませんが、この静観な住宅地には不釣合いなダンプやトラックが数多く行き来しています。やがて先ほどの女性からの情報が正確であることが証明されることとなりました。宝塔寺の正面の門に到着しました。実は私の住んでいる三条市には法華の総本山である本城寺というお寺がございます。不思議なもので入り口の雰囲気はなぜか似ているので、これが宝塔寺であることはそれを示す表示物を探すまでもなく理解できました。その参道に続く門をとおるとすぐに、左手に大雲寺を発見できました。そ
こで、やっと大雲寺に到着した実感がうまれました。私は列車にを乗り継ぎ、懸命にただ大雲寺を目指して来て、それ故にまだ大雲寺にはなんの連絡もしていなかったのに気づきました。携帯電話を取り出し、「寺本家ゆかりのものですがお話をきかせていただきたい」と連絡を申し上げると快諾していただきましたので、大雲寺の門から大雲寺に続くよく手入された小道をすすんでいきました。30〜40メートルでお寺につきまして、呼びベルを押しますとご住職の原様が迎えてくださいました。早速「寺本氏の墓はどちらでしょうか?」と問いますと、「どうぞ」と本堂に通されました。本堂の障子戸を開けてご住職は「どうぞ」と再度言われました。そこには非常によく管理された庭が目に飛び込んでくるばかりです。右手に渡り廊下、その先には茶室、そして左手にも茶室。私は「寺本氏のお墓はどれでしょう?」と再度うかがいました。「それですよ」と正面の巨大な五輪塔を指差されました。高さは3mはあるでしょう。ものすごい存在感でした。私はなぜか非常に小さな、せいぜい高さは1mくらいで、朽ち果てて苔に覆われて全く角の取れたお墓の形を考えておりました。以前、石の重さについての若干の知識はあったものですから、この五輪塔は5,6トンはあるだろうとすぐにわかりました。原様からいくつかのお話をうかがいました。以前、原様がこちらの住職として赴任したときの五輪塔の状態、そしてそれを現在の場所に移動し、毎日、回向されていることや、それにいたるお話などを。そして、原様は丁度5分くらい前に宝塔寺からもどられたのだそうで、3時頃はほとんど、大雲寺にはおられないそうです。ここでお会いできたのはやはり何かのご縁でしょうとの事でした。デジカメで本堂の中から、数枚を写しました。写真については父の代からのマニアだったので、特に父は現像焼付けは当然としても自分でカメラも作ったほどでしたが、その五輪塔を撮影しても現在私が受けている迫力は到底写し出すことは出来ないことはわかっておりました。そして私は明日再度の訪問と会談とビデオとデジカメの撮影の了解をいただき、本日はおいとまをいたすこととなりました。やは
り、10分くらいかけて深草駅前まで戻りました。そこで、考えてみれば朝から何も食べていない自分にきずきまして、古びた喫茶店(「いのき」という名前です)がありましたので、入りました。こんな店はそう多くはないほど古さを感じる店内です。この深草には立命館の中高の学校があるので彼らが利用するのだろう、照明もあかるい。私が最初に入った喫茶店は地元に当時(昭和30年代前半)近所に1軒しかなかったローズマリーと言う店にとても似ている雰囲気で親しみを覚えました。60歳台の女性が一人で経営しているらしく、知り合いの主婦が4人陣取っていて彼女と話をしている最中です。それ以外にゲーム機兼用のテーブル(インベーダーなんかがあったものだ)に大学生が何かをたべていました。私はコーヒーとトーストを頼みました。トーストの厚さは5cmくらいで、美味かった。しばらくするとその学生がでていくところでした、「600円でいいわよ」「えっ!」「学生さんでしょう?それでいいわよ」だって。メニューを見るとAM7からAM11までモーニングサービスだそうです。内容はわかりませんが、多分、絶対、コーヒーとトーストとゆで卵だろうと思いました。明日、もう一度きて確かめようとおもいました。私はそれから10分後に店をでることとなりました。やはり、600円でした。